2018年1月20日 (土)

中漠:晴天航路編⑨蓮淳・イスト・ヴィーダー・ダー

 タイトルはドイツ語です。直訳すると「蓮淳がまたここにいる」、意訳すると「帰ってきた蓮淳」という感じになります。とある映画化された小説のタイトルをパクってます。すみません。   下間頼玄、頼盛親子には味方についた三好千熊丸を説得し...

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2018年1月13日 (土)

中漠:晴天航路編⑧調略合戦

 証如の石山退去に失敗した下間頼玄、頼盛親子は腹をくくるしかありませんでした。何より優先したのが石山本願寺防衛のために、諸国の門徒衆に動員をかけたことです。四月四日に蓮応こと、下間頼玄は飛騨国白川郷の照蓮寺に本願寺防衛のための出兵以来の書状...

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2018年1月 6日 (土)

中漠:晴天航路編⑦河内の重力に魂を惹かれる

 下間頼秀の後を受けたのはその弟頼盛と二人の父親頼玄でした。頼盛は前線指揮官タイプでしたので、証如側近のとりまとめとしては心もとなく、天文三年の二月に寺務のベテランである父親がフォローすることになったということでありましょう。このあたり想像...

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2017年12月30日 (土)

中漠:晴天航路編⑥誘い受けの講和条件

  細川晴国の挙兵によって石山御坊の証如たちが得たものは、体制固めのための時間でした。それまでの石山御坊は山科本願寺の陥落でその傍にいたのは曾祖叔父にあたる実従と山科陥落の報を受けて加賀から急遽石山に駆けつけた下間頼秀だけだったの...

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2017年12月23日 (土)

中漠:晴天航路編⑤細川晴国の乱

 細川晴国は大物にて無念の戦死を遂げた細川高国の弟でした。彼が起こした反乱は天文の錯乱(第一次石山戦争)の陰に隠れて見えにくいものですが、乱の展開に大きな影響を与えています。おそらくはこの挙兵の仕込みは波多野稙通によるものであったと思われま...

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2017年12月16日 (土)

中漠:晴天航路編④両属の衆

 飯盛山城を攻囲された木澤長政を救助するために門徒衆を動員する戦略を立てたのは茨木長隆で間違いないでしょう。彼の出自である茨木氏は摂津国にある興福寺所有の荘園の荘官出身でした。彼と本願寺を繋ぐ縁ですが、一世代前の一族に茨木近江守という人物が...

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2017年12月 9日 (土)

中漠:晴天航路編③木澤のオッサンの唄Ⅱ

 少し時を遡って蜂起した河内門徒衆がどんな人々であったかを考察します。彼らはかつて石山御坊にいた蓮如と蓮能によって教化された人々でした。蓮如は細川政元への義理もあり、総州畠山義豊を支援するつもりで布教を進めていたと考えられますが、その義豊は...

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2017年12月 2日 (土)

中漠:晴天航路編②木澤のオッサンの唄Ⅰ

 戦国時代の畿内における権力抗争はまことに凄まじく、敵味方が簡単に入れ替わってしまいます。そんな中でひときわ異彩を放っていたのが、中世人離れした価値観の持ち主である赤澤宗益や宗益の振る舞いに新たな価値を見出そうとした古市澄胤などの一代英傑た...

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2017年11月25日 (土)

中漠:晴天航路編①はじめに

 本編のタイトルは中国三国志の時代を描いた『蒼天航路』のパクリです。『蒼』が示すのは言うまでもなく中国の漢王朝ですが、蒼天航路は曹操を始めとする乱世の群雄達の生きざまを活写した名作です。そのひそみに倣い、本編の『晴』が示す室町十二代将軍足利...

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2017年10月22日 (日)

川戦:安城合戦編Ⅱ 索引

 おまけとして各稿の要旨を数行にまとめ、索引として一稿設けました。これで本編の全体像を俯瞰できるようにするつもりだったのですが、思いの外長文になってしまい把握どころではなくなってしまっていて恐縮です。御参考としていただけましたら幸いです。 ...

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