2017年12月 9日 (土)

中漠:晴天航路編③木澤のオッサンの唄Ⅱ

 少し時を遡って蜂起した河内門徒衆がどんな人々であったかを考察します。彼らはかつて石山御坊にいた蓮如と蓮能によって教化された人々でした。蓮如は細川政元への義理もあり、総州畠山義豊を支援するつもりで布教を進めていたと考えられますが、その義豊は...

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2017年12月 2日 (土)

中漠:晴天航路編②木澤のオッサンの唄Ⅰ

 戦国時代の畿内における権力抗争はまことに凄まじく、敵味方が簡単に入れ替わってしまいます。そんな中でひときわ異彩を放っていたのが、中世人離れした価値観の持ち主である赤澤宗益や宗益の振る舞いに新たな価値を見出そうとした古市澄胤などの一代英傑た...

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2017年11月25日 (土)

中漠:晴天航路編①はじめに

 本編のタイトルは中国三国志の時代を描いた『蒼天航路』のパクリです。『蒼』が示すのは言うまでもなく中国の漢王朝ですが、蒼天航路は曹操を始めとする乱世の群雄達の生きざまを活写した名作です。そのひそみに倣い、本編の『晴』が示す室町十二代将軍足利...

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2017年10月22日 (日)

川戦:安城合戦編Ⅱ 索引

 おまけとして各稿の要旨を数行にまとめ、索引として一稿設けました。これで本編の全体像を俯瞰できるようにするつもりだったのですが、思いの外長文になってしまい把握どころではなくなってしまっていて恐縮です。御参考としていただけましたら幸いです。 ...

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川戦:安城合戦編Ⅱ あとがき

 本編川の戦国史 安城合戦編Ⅱ全体を通して描写したかった自説のあらましは「最終節の考察:いかにして竹千代は人質になったか?」に書いておきましたが、そのエッセンスを数行に圧縮すると以下のようになります。  論文が菩提心院日覚書状の年次を天文十...

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2017年10月21日 (土)

川戦:安城合戦編Ⅱ 小豆坂合戦天文十六年説の源流

 さて、ここまで述べてきた小豆坂合戦天文十六年説ですが、これは私のオリジナルでもなんでもなく、江戸期編纂史料に小豆坂合戦が天文十六年八月に起こったという記載が朝野旧聞ほう藁にあるという指摘が「岡崎市史(新編ではない方)別巻-1 徳川家康と其...

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2017年10月15日 (日)

川戦:安城合戦編Ⅱ 最終節の考察:いかにして竹千代は人質になったか?

 本稿は論文最終節:「おわりに ―人質竹千代の真相を推理しつつ―」について考察するものです。  論文の最終節の内容を要約すると以下のような感じになります。  竹千代拉致を行ったとされる田原戸田氏については、それを行ったこと自体が自爆であり実...

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2017年10月14日 (土)

川戦:安城合戦編Ⅱ 第8節の考察:松平広忠は何故死んだのか?

 本稿は論文第8節:「松平広忠の病死」について考察するものです。  本節の論文主旨を私なりに要約すると以下の通りとなります。  これまでの研究では、織田の陰謀として片目八弥による広忠殺害を説くものが多いが、それはむしろ後代の付会説に引きずら...

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2017年10月 8日 (日)

川戦:安城合戦編Ⅱ 第7節の考察:小豆坂の戦いの時、松平広忠は何をしていたか

 本稿は論文第7節:「小豆坂の戦いにおける松平広忠の動向」について考察する物です。  「三河物語」、「松平記」の記述より天文十七年三月の小豆坂合戦において、松平広忠は今川方として全く機能しておらず、この戦いで広忠が今川方に属したとする通説に...

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2017年10月 7日 (土)

川戦:安城合戦編Ⅱ 6-9 史料解釈と史実とのかい離をどう埋めるか?

 本稿では第六節で展開された、史実とその解釈についての結論について見てゆきます。  まず、この論文は結論に至るまでの論理展開が追いにくい構成になっています。なので、素材としては大変興味深いのですが、結論部分に明快さを欠いていると素直に思いま...

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