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2007年9月 9日 (日)

川の戦国史:まえがき①

 私は歴史が好きです。まぁ、年表を見てるだけでご飯三杯はいける。年表からどんな事実が読み取れるのか、そんなことを考えるのが好きだったりします。年表の一行一行はただのファクトに過ぎません。そのファクトの連続が歴史です。しかしながら、私達が普段歴史の教科書や歴史書で読んでいる歴史はファクトの全てではありません。確かに歴史の転換点は明確に記されています。でも、ファクトの数で競うなら、描かれているファクトよりも、描かれないファクトの方がはるかに多い。
 故に大望を持った若者は望むのです。歴史に名を残したいと。それは歴史に名を成さずに消えていった人々の多さをも象徴します。
 とはいえ、私とて全てのファクトを記してゆこうなどと大それたことを考えているわけではありません。それは世界で起っている全ての事象を記しているアカシック・レコードにお任せしたいと思います。そこで引き起こされる奇蹟の物語を想像することも嫌いではありませんが、ここはそれをするスペースではありません。ほんのちょっとだけ、真面目に学問へと振れてゆこうかなぁなどと考えています。
 さて、ファクトの連なりが歴史であると書きましたが、そのファクトをどう選ぶかによって歴史の様相は変って行きます。マクシミリアン・ロベスピエールはフランス革命期の政治家ですが、彼の評価は視座によって上がりもすれば下がりもする。危機に陥った革命の擁護者であると同時に、たくさんの人間を断頭台に送った恐怖政治の立役者でもあるのです。それは革命を支持する立場からみたものなのか、革命の負の部分からみたものなのかによって、一人の人間の行いが見せる様相も変わってきます。本編のタイトルである戦国も同様。歴史を俯瞰してみれば織田信長は英雄ですが、彼に滅ぼされる浅井、朝倉、比叡山の立場から見れば血に飢えた侵略者に過ぎません。ただ、英雄も侵略者も人が人に対してなす評価に過ぎません。客観的に見てそこにあるのは織田信長の行いあるのみです。
 ただ、ファクトが正にしろ負にしろ何らかの評価をえるのだとすれば、それば別のファクトとの相関関係から導き出される影響によるものなのだと思います。そして、ファクトは無数にあってそれを選び取るのが歴史家です。こういう考えにたてば、誰でも根気と努力さえあれば歴史を紡ぎだせるようなきがしないでもないでしょう。
 本編はそのファクトの取捨選択の基準として一つのテーマを選びました。それが『川』です。次項ではなぜ、川で戦国史を描こうとしたのか、その動機に触れてゆきたいと思います。

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