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2007年10月 4日 (木)

川戦:蓮如編⑦石山本願寺

 いよいよ、蓮如がらみの寺院紹介の最後になります。後に織田信長との抗争の舞台になる石山本願寺ですここの紹介の前に、書き漏らした関連寺院を紹介します。
 鷺宮別院は紀伊国の紀ノ川河口にある寺院で後の一向一揆の雑賀党の根拠地ですね。ここを拠点に雑賀孫一が活躍したとおもうと、なんとなくちょっと感慨深いですね。
 あと、京都と大阪の間に富田という所があるのですが、蓮如はここにもしっかり道場を作っています。ここで親鸞の教行信証を書写したことから教行寺と呼ばれている寺ですが、この町も蓮如によって開かれた寺内町です。この辺は自分の地元であったのでよく知ってる場所ですが、そんなに大きな川はありません。しかしながら、市史を見るに酒造が盛んな地であったことを考えるとそれなりの水郷であったことは想像できます。

 さて、石山本願寺ですがこれは蓮如が隠居後に作った寺院なのです。作った当時は石山御坊であり、本願寺ではありませんが。吉崎御坊、鷺宮別院と同じく河口に作った水上城砦寺院です。そうであることは石山合戦が如実にしめしています。そして、後にこの場所に豊臣秀吉が大坂城をつくったことでもその戦略的価値は明らかでしょう。蓮如は石山御坊を作った後、山科に戻りそこで入滅します。すでに時代は戦国になっているものの、大名や他宗の物に妨害できない拠点を作り上げたという充実感はあったかもしれません。
 石山御坊は本願寺教団の本拠地である山科本願寺よりも繁盛し、それがために蓮如の後継者によって弾圧されることもありましたが、順調な発展をみせました。天文元年(1532年)山科本願寺が近江守護の六角氏と法華宗徒の襲撃により焼き討ちされると、法主は石山御坊にうつり、そこを本願寺としました。

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