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2007年11月27日 (火)

川戦:源姓松平編③松平親氏

 親氏が三河国に流れてきた時、徳阿弥と号する時宗僧だったと先に書きました。それをいつだったのか、比定する同時代史料は皆無です。その全ては後世に書かれた史料に頼らざるを得ず、史料によって記述にバラツキを生じています。親氏の没年にいたっては百年に渡る誤差があります。一応信用できる史料が現れるのは、彼の後を継ぐとされる泰親の代になってからです。それを基準に常識的なセンを割り出すと、十四世紀後半から十五世紀前半あたりを活動時期と見なせるのではないかと思います。その根拠については後述したいとおもいます。

 徳阿弥・親氏が三河国松平郷に流れてきた時に彼の人柄を見込んだ人物がいました。松平太郎左衛門信重という地元の富豪でした。信重には後継ぎがおらず、娘を徳阿弥に娶らせ養子としました。還俗して親氏と名を改め、松平信重の婿におさまった訳です。本来であれば、信重の系統も松平家の代として数えられるべきなのですが、それでは源氏の系譜に繋がらないので、あまり省みられません。信重は藤原流加茂氏の一族といわれています。
 徳阿弥に隠し子がいたことが松平家に婿入りする後に発覚したという話があります。基本的に親鸞の浄土真宗以外は妻帯は論外ですので、徳阿弥のこの行いは破戒と言えるのかもしれません。親氏はこの子を認知し、松平家の家人としました。これが後に大名化して松平家の家老筋となる酒井家の起こりと言われております。

 義父である信重が農業を営んでいたのか、それとも何かを商っていたのか、そのあたりはわかりません。ただ、義父の財産を使って親氏が始めたのは松平郷の開拓でした。開拓民を組織して交通の邪魔になる岩をどけたり、木を切り倒したりして道を作ったり。そういう地元貢献をして人々の信頼を掴んだという話が三河物語に書かれています。あと、中山十七名と呼ばれる近隣の村々に攻め込んでこれを支配したりという話も書かれているのですが、この頃って室町幕府の最盛期です。戦国時代じゃありません。だから、こんな目立つことはできたはずはない。とか、何らかの流通や開拓に関わった村ではないかといわれています。
 要するに親氏は加茂氏の一族に入り込んだ身元不明のまろうどです。そういう意味では前に述べた如光と似ている所があります。

 さて、ここで親氏に関する興味深い史料があります。三河国大浜に称名寺という時宗寺があります。ここに遺されていた文書に親氏に関わる伝承があるのですね。ここには、徳阿弥がなぜ三河国に来たのか、が書かれているのですね。
 内容は大浜に称名寺に親氏とその父有親が、石川孫三郎を従えて来訪した。それは石川孫三郎は称名寺住持の兄に当たるからその縁をたよったものだと思われる。親氏は松平郷に移住して松平家を継ぎ、父の有親は称名寺に留まってそこで死んだと書かれているそうです。

 ここで私が着目したいのは石川孫三郎なる人物です。文安年中に三河に移住した石川政康に縁ある人物である可能性は低くないと思います。おそらくは石川政康は松平親氏より後の時代に活躍すると考えられます。とするならば、石川一族は石川政康以前に三河国と縁があり、一族に時宗寺の住持を出す、時宗宗徒の一族であったのかもしれません。また、石川政康が三河国小川に移住した時、小川に建てた氏寺の名を蓮華寺といいます。これと同じ名の寺が近江国番場にありこれが一向宗を開いた一行俊聖の終焉の地として、一向宗伝播の拠点となっています。時宗と一向宗はともに踊念仏を取り入れており、宗旨はしばしば混同されております。そして、浄土真宗本願寺派は時宗や一向宗徒をターゲットに教勢を広げてゆきました。石川政康や彼の属する石川一族もまた、蓮如や如光に教化されるまでは元一向宗もしくは時宗の宗徒だったのかもしれません。

※付記
 称名寺の寺伝は有親・親氏の来訪を1441年(嘉吉元年)としています。これを事実と仮定するなら、後で記載する泰親や信光の事跡と年代が合いません。よって取り扱いは要注意です。寺伝そのものに誤謬があるか、あるいは発想そのものの転換を行うかのどちらかが必要になると考えます。

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