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2008年1月17日 (木)

川戦:応仁乱編③応仁の乱への道程:三河の視点

 前稿では京都を中心とした視点で室町幕府の成立から応仁の乱に至る流れを見てきました。本稿では、三河国の個別事情を追います。三河の国は多少事情を異にしています。ここは鎌倉時代から足利一族の根拠地だったということです。足利一族の本願地は下野国足利ですが、鎌倉幕府の北条政権は足利一族を源氏に連なる有力御家人の一つとして遇し、三河国を与えました。故に、三河の土豪・国人は下野国に本願地を持つ一族が多いのです。
 足利尊氏が京に幕府を開いて以降、一色氏が三河国守護に任じられます。一色氏は三管四職の一角、足利幕府の柱石をなす家格と位置づけられました。ちなみに、三管とは細川、斯波、畠山の管領を出した家柄で、四職は赤松、一色、山名、京極の四氏で、管領家に次ぐ家格とされました。

 この一色家も他聞に漏れず、三ヶ国の守護を兼ね、三河国はその一つに過ぎませんでした。そして、国の経営は守護代を務めた吉良氏や西郷氏に委ね、京で国家運営に注力していたわけです。
 足利義教が室町殿の権力確立のためにとった手段は、有力守護の弾圧であり、時の一色家当主の一色義貫は、室町殿の命令により、大和への出陣中、突如誅殺の憂き目にあったのです。室町殿と対立していた鎌倉公方足利持氏に与したという疑いからでした。そして、三河国守護を一色家から奪い、讃岐細川家の持常に与えました。ここで足利義教は三河国にある直轄地に何か工作をしたようです。(それが何七日については後述します)それは恐らく、日本という国を室町殿が完全に掌握するために義教が取った数多くの政策の一つでしかなかったでしょう。しかし、それが後の三河国の動向に大きく影響した節があるのです。いずれにせよ、足利義教はそれから間もなく横死し、その政策の多くは完遂を見ずに終わりました。
 その後、一色氏による復権運動が始まります。義教を継いだ義勝(継承後間もなく事故死)、義政は幼少でしたので有力御家人の後援なくしては政治ができませんでした。その有力御家人が義教の恐怖政治に積極的に関与していたわけではありません。むしろ、彼らの利権に介入してくる義教のやり口には内心反発していたことは想像に難くありません。それゆえ、一色家を継いだ一色義直の訴えに有力御家人達は耳を傾け、復権は果たされました。但し、三河国については管領家の分家筋の細川持常が守護になっていたこともあり、満額回答とはいきませんでした。復権運動によって一色義直が得ることができたのは三河国渥美郡のみでした。三河渥美分国守護という半端な肩書きです。一色義直にとっては納得のゆかない決着でした。
 そして、細川持常は元々讃岐国と阿波国守護であり、三河国を掌握していたわけではありません。彼と彼の後を継いだ細川成之は讃岐国と阿波国とを治めながら三河国守護職の任を在京して果たしていたわけです。
 当然、実質的な統治は旧主である一色家に服していた守護代、国人、土豪たちに委ねざるを得ません。細川氏の三河国における基盤は脆弱なものでした。
 そしてもう一つ、三河国には室町殿の直轄地がありました。ここは守護でもおいそれと手出しのできない場所です。そしてここを治めたのが室町殿の側近衆でした。彼らは三管四職を頂点とする有力御家人の家格の序列とは関係なく抜擢された人々です。豊臣政権における五大老(自力で勢力を築いた戦国大名)と五奉行(秀吉に抜擢された側近衆)に近いものだと思います。義政の代に政所執事を務めた伊勢貞親は源氏の一族ではなく、三管四職に連なるものではありません。平維衡を祖とする桓武平氏の末裔でした。
 彼は一色義貫が粛清された後の三河国の侵攻の土豪を被官化し、必要とあれば国外から呼び寄せました。前者は松平信光であり、後者は戸田宗光です。どうも彼には三河国に室町殿直属の軍団を作りたかったのではないかと思う節があるのですね。そして、その流れに本願寺教団が乗っていた可能性が高いと私は考えています。これが前稿で述べた仮説であるのですが、伊勢貞親は日野勝光と同じく、蓮如とのつながりを有していました。それについては別稿でのべます。
 応仁の乱を控えて三河国には三つの勢力が存在していました。一つは守護である細川成之の勢力。一つは復権を完遂すべく運動している一色義直。そして、室町殿の力を背景に新興の土豪勢力を纏め上げようとした伊勢貞親を代表する室町殿の側近団。三者のそれぞれの思惑が錯綜し、応仁乱で暴発した結果、新たな秩序が構築されました。本編ではその経緯について語りたいと思います。

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