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2008年3月18日 (火)

川戦:『将軍』寺編⑦魂魄野

 現在、松平親忠の墓は大樹寺域内にあるのですが、本来の葬地は井田野合戦の戦没者を祀った魂魄野にあったそうです。今の墓所は江戸時代に入り、大樹寺が改修され、松平歴代の墓が整備された時のものらしい。当然、徳川将軍家の意向に沿うものでしょう。井田野合戦の戦没者を祀った千人塚のあった場所で、念仏堂が建てられた場所であることは重要な点かと思います。
 大樹寺には松平親忠の遺言状が残されているのですけど、この文書は親忠の性格を示すものなのか、大変細かい記載でに満ちております。自分が死んだら一族を大樹寺に集めることから始まって中陰の法事を何日間にするのか、初七日、四十九日の法要、百か日の法要と事細かに記されています。寺側が用意したテンプレートに沿ったものかもしれませんが、それぞれの儀式には一族の誰を呼んで、いつ返すべきなのかとか、この遺言は一族の誰に披瀝しておくべきかを端裏に書いてあって、単純なテンプレの適用ではなく、親忠本人による実に用意周到な心配りがなされていることがうかがえます。この細かさは徳川初代将軍家康の遺言に匹敵するかと思われます。
 但し親忠の遺言には家康のそれと比較して大きな違いがあります。それは埋葬地をどこにするのかについて何も書かれていないことです。家康の場合、遺体は久能山。葬儀は 芝・増上寺。位牌は大樹寺。一周忌が過ぎたら日光山に小さい堂を建てて祀ること。自分は 関八州の鎮守になる。という風に自分の埋葬のされ方まで事細かに述べています。
 親忠の場合は普通に読めば大樹寺の寺内としか解釈できないのですが、実際には魂魄野に葬られています。井田野合戦ゆかりの場所に葬るのだとすれば、そこには親忠の明確な意思があったはずと思料します。実に細やかな、執行する側にとっては煩わしくすらある遺言に埋葬地についての記載がありません。そこはおそらくもと千人塚のあった念仏堂が建てられた西光寺だったと思われます。当時の寺域は今よりも大きいかもしれませんので、西光寺もまた大樹寺の域内だったとも考えられます。しかしながら、そこは井田野合戦(真意は額田郡一揆だったと私は考えています)の戦死者の亡霊が祀られた場所なのですね。親忠という個人を祀るには余り適切だとも思えません。

 親忠が魂魄野に葬られた意味は二つ考えられると思います。一つは、親忠自身の戦死者に対するシンパシーです。前にも書いたとおり、親忠には額田郡一揆をかばった可能性があります。にもかかわらず、父信光は一揆勢を裏切って掃討にかかりました。その負い目が親忠をして、そこに葬らせたという可能性です。
 もう一つは、自らが祭られることにより、その地に災いをなす怨霊・悪神の類を鎮める鎮守の神となるという発想です。日光東照宮には、主神である東照大権現、すなわち徳川家康の傍らに源頼朝と豊臣秀吉が祀られています。家康は生前、豊臣家の社稷であり、豊臣秀吉を祀った豊国大明神を破却しました。そのような行為は悪縁を招きかねないのですが、日光東照宮にともに祀ることによって、慰霊をなしたのですね。

 もし、額田郡一揆勢への弔意によるものだとすれば、それは文書に残せないものだったでしょう。彼らは反逆者として処刑されたのですから。また、井田野合戦のようにいつ周囲の諸族が侵入するのかわからない状況です。その為に遺族に一族一揆を組ませ、大樹寺に一丁事あれば防衛する取り決めを結んだのでしょう。
 ただ後者もありだとは思います。それは親忠の生前の意志よりも、遺族達の繁栄のための方にウェイトがかかった動機です。井田野はそれまで何度も侵攻を受けていました。その禍の地を親忠を祀ることによって災厄を避けようという発想です。井田野は親忠の代だけではなく、その後も幾度か戦場となっております。親忠の子の長親の代にも井田野の戦いは起こりました。この時、大樹寺も戦場となり占領され、破壊されております。その戦後再建を果たした時に書き遺された文書が『大樹寺格式』です。所謂大樹寺開山の事情はこの文書に拠っております。三河物語は今まで語ってきた額田郡一揆、応仁の井田野合戦、明応の井田野合戦については言及しておりません。長親の代の井田野合戦になって初めて触れているのですね。この合戦につきましては次項で少し触れます。

 いずれにせよ、魂魄野に葬られたということは故人の意思があったはずです。にもかかわらず、遺言状にはそのことが一言も触れられていないのですね。これが他の人物なら気にしないのですが、葬儀・供養の仕方を極めて微細に書き残した人物が自らの葬地に何の言及もしていないというのは信じがたい。それもまた大樹寺をめぐる不思議の一つだと思います。

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