« 川戦:山科編⑩考察 | トップページ | 川戦:押籠編①プロローグ »

2008年5月 6日 (火)

川戦:山科編⑪オヤシロさま伝説と白川郷

 オマケ的に白川郷について触れておきます。本稿で大小一揆に触れた折、大一揆の京都から加賀への侵入経路として琵琶湖から若狭街道ルートは越前の朝倉氏によってふさがれている為、美濃国から飛騨国白川郷経由で加賀国に侵入したと書きました。白川郷はゲーム・アニメで有名になった『ひぐらしのなく頃に』の舞台となった雛見沢のモデルになった場所です。合掌造り民家が世界遺産に指定された土地でもありますね。
 未見の方には一部ネタバレで申し訳ないのですが、白川郷の歴史をネットで調べるにつけ戦国時代の白川郷は色々ミステリアスなエピソードでてんこ盛りになっています。ちなみにネットで調べただけで裏取りはしてませんので、そこのところは良しなにお願いします。『ひぐらしのなく頃に』にはムー系歴オタの美人看護婦という設定の鷹野三四というキャラクターが語る雛見沢の古史、昭和の雛見沢村の歴史、そして本編で起こる事件には戦国時代の白川郷の歴史を上手く織り込んであると感心するとともに、調べれば調べるほど深まる謎に鷹野三四が雛見沢の歴史に抱いた興味の質が垣間見えてなかなか面白いです。
 雛見沢は岐阜県の隣県という設定になってますが、冬は雪に覆われて陸の孤島になるせいか、排他的な気風のある村です。鷹野三四が語るところの雛見沢の歴史はこんな感じです。

 雛見沢村には年に一回、六月頃に綿流しの祭りを行います。盆や秋祭りとは時期のずれた初夏に行われるその祭りは、豪雪地帯のその長い冬の終わりに寒さを凌いでくれた布団の綿を裂き、感謝とともに川に流すお祭りです。しかし、その祭りにはおぞましい由来があったのです。
 雛見沢はかつて鬼ヶ淵と呼ばれていました。その名の由来は沼の底から鬼が現れ麓の村の人々を襲い、さらって食べていたからというのです。村人は大いに困っていたところをオヤシロさまと呼ばれる神様が現れ鬼を懲らしめました。懲らしめられた鬼は改心し、村人と共存することを誓います。オヤシロさまは鬼と村人に掟を課し、その土地の神様として祀られることになりました。しかし、鬼は時々その本性を顕し、人を食べたくてたまらなくなります。オヤシロさまは掟を破った人間を選び、鬼の生贄とすることを許しました。鬼はそれを感謝するとともに、生贄以外の人は食べないことを誓います。年に一度鬼達は咎人を攫って食べました。土地では攫われた人は神隠しならぬ鬼隠しにあったといわれ、その臓物は鬼のオヤシロさまに対する感謝とともに沢に流されたといいます。これが雛見沢の古手神社で年に一度行われる綿(腸)流しの祭りの始まりです。

 予め断っておきますが、鬼隠しも腸流しもお話を面白くするためのつけたしで、綿を流すのは桃の節句にどこでも行われていた流し雛の風習の変形です。少なくとも私はそう受け取ってますし、本稿で人喰い鬼を扱うつもりはありません。
 ここで取り上げるのは、鬼と人とオヤシロさまという存在の関係です。リアル雛見沢である白川郷にもそれに類するエピソードがあるのですね。
 寛正年間といいますから、蓮如の大谷本願寺が比叡山延暦寺に焼き討ちにあったころなんですが、この白川郷に内ヶ島一族がやって来ます。もともとは武蔵七党という関東の地侍の一揆衆の一族だったらしいのですが、足利義政の命令でこの地を治めます。内ヶ島一族は金の採掘の技術を持っていたそうで白川郷を流れる庄川の川筋にある帰雲山(かえりくもやま)という所に城を構えました。

 この地には正蓮寺という浄土真宗本願寺系の寺があったのですが、ここの門徒達が一揆を起こして内ヶ島一族と対立したために内ヶ島一族は正蓮寺を焼いて住持の一族を殺します。そこで仲裁に動いたのが本願寺八世留守職の蓮如でした。寛正年間以降で蓮如がこの地に介入できるチャンスとしては、吉崎御坊で布教活動をしていた頃、応仁・文明の乱の最中でしょう。彼は正蓮寺の住持の子供を内ヶ島の惣領の子と娶わせ、正蓮寺を照蓮寺と改名して再建させたそうです。以後、内ヶ島一族は照蓮寺と連携し共存することになります。大小一揆において内ヶ島一族が本願寺の大一揆の軍勢通過に協力したのはこういう背景があったためですね。
 内ヶ島というのは珍しい苗字です。その音は鬼ヶ淵に通じます。彼らが襲った村人は正蓮寺の一揆衆で、仲介したオヤシロさまは蓮如に見立てたのではないかと私は考えております。
 ただし、『ひぐらしのなく頃に』に出てくるオヤシロ様は女性の神様であって、蓮如は人間の男性です。この違いはおそらくは白山信仰の本尊である白山比媛=菊理比媛のイメージなのでしょう。白川郷の信仰はもともと白山比媛の系統でしたが、蓮如らによる布教により浄土真宗が浸透していったわけです。作中で雛見沢の村人の連帯が強いのも、浄土真宗の講に育まれた惣中一揆の体質なのだと受け取ることができます。

 この後、内ヶ島氏は照蓮寺と連携をとりながら戦国時代を生き抜きます。内ヶ島氏は本願寺の支援勢力でした。帰雲山の近辺で採れる砂金を本願寺に送っていた形跡があるそうです。最終的に本願寺が破れ、越中国を領した織田信長の家臣、佐々成政に与して羽柴秀吉と戦うものの、領地のある飛騨国は羽柴方の金森長近に占領され、佐々成政も降伏しました。時の当主内ヶ島氏理も羽柴秀吉に帰順し、許されて本領を安堵されたものの、それから間もなく中部地方を襲った天正大地震によって内ヶ島一族が拠る帰雲城は崩壊、一夜にして一族は全滅しました。合戦に破れて全滅する大名は多いものの、天災で一族滅び去ることになったのは、この一族くらいなものではないかと思います。この事件も形を変えて、『ひぐらしのなく頃に』のストーリーの重要なモチーフとして活かされてます。(ネタバレになるので明かしません)

 さて、『ひぐらしのなく頃に』のストーリーにダム戦争のエピソードが出てきます。雛見沢にダム建設計画が持ち上がって、村人達が結束して反対運動を繰り広げ国の計画を撤回させるという内容です。白川郷を流れる庄川の上流に御母衣ダムがあるのですが、ここの建設に対して実際に地元民の反対運動があったそうです。結局ダムは建設され、上流地域の荘川・中野村はダム湖の湖底に沈むみました。この中野村にあったのが照蓮寺です。
 『ひぐらしのなく頃に』雛見沢村には村人の信仰を集める古手神社があり、そこにはオヤシロさまが祀ってあります。雛見沢村は水没を免れましたが、水没した中野村には蓮如ゆかりの照蓮寺があったのですね。雛見沢村の古手神社は白川郷の白川八幡宮がそのロケーション上のモデルですが、エピソード上のモデルはこの照蓮寺だったのかもしれないと思うととても興味深いものがあります。

 最後に土地神であるオヤシロさまと蓮如を繋ぐもう一つの鍵を提示しておきます。オヤシロさまを漢字で表せば御八代様と書く事ができます。ヤシロは八代の言いかえであることはストーリーの中で明かされております。オヤシロさまを祀る神主の一家である古手家に女系当主が八代続けば、オヤシロ様の生まれ変わりであるという言い伝えがそれです。そして、蓮如は本願寺八世の留守職なのですね。この八世というのは浄土真宗の開祖親鸞から八代目を意味します。つまり御八代様、オヤシロさまなのです。

 以上は私の勝手な当て推量であり、本当の所『ひぐらしのなく頃に』の作者である竜騎士07氏にそのような考えがあったのかどうかはわかりません。
 私自身は白川郷へ行ったことはありませんが、こういうエピソードを詰め込んでから巡礼するとさぞかし鷹野三四の『にぱぁ~』な気分が味わえるのではないかと思います。

|

« 川戦:山科編⑩考察 | トップページ | 川戦:押籠編①プロローグ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/164985/41014717

この記事へのトラックバック一覧です: 川戦:山科編⑪オヤシロさま伝説と白川郷:

« 川戦:山科編⑩考察 | トップページ | 川戦:押籠編①プロローグ »