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2008年9月 4日 (木)

川戦:流亡編⑤天文の井田野合戦

 私は守山崩れを不幸な事故などではなく、松平家臣団達による緊急避難行動だったと解釈しております。阿部弥七郎を織田氏や桜井松平氏が差し向けた刺客という見解を否定するものでは有りませんが、家臣団にとって不名誉な主人殺しの可能性も同程度ありうるという感触です。

 十二月五日未明に松平清康が暗殺された直後、三河兵は即座に撤兵したものの、それから十日立たぬうちに『織田信秀』が岡崎まで到達しておりますから、尾張勢の守山攻撃の準備は着々と整えられていたということでしょう。主君の死という途方も無い代償を払うことにより、松平軍は尾張国から岡崎まで戻れましたが、追撃は容赦ありませんでした。撤兵であれば易々と尾張兵を三河に入れないよう、殿軍を残しながら退却します。そいういう手当ても施せないほどに慌てていたということもあるのでしょう。
 三河物語はじめ諸書が尾張勢を率いたのは織田信秀と書いています。この時の織田信秀は守護代の奉行人でしかなく、尾張国西方の津島と勝幡を領しているに過ぎません。那古屋や古渡や末森を領するのはもう数年少し先の話です。この時の織田信秀は守護代織田達勝の奉行人としての派兵であり、目的は三河の占領などではなく、味方として使える勢力を温存しておきたいという意図だったと見えます。
 織田信秀を岡崎まで安全に案内したのは桜井松平信定でしょう。松平信定は織田信秀の妹婿であり、本来信忠が隠居をした後は彼が安祥松平家を継ぐ手はずが整えられていました。一門衆や長親はほぼその意向だったでしょう。それを覆したのが安祥の家臣たちと兄信忠の意思でした。
 そして今、岡崎で松平の家臣たちが清康の遺児を推したてようとしています。仮に清康の死が不幸な事故であったとしても、岡崎の家臣達は清康の死に責任を持つはずです。それが岡崎にこもって幼君擁立に走ろうとすることは、桜井松平信定はじめ、松平の一門衆には岡崎の家臣団の保身としか映らないでしょう。よほどのお人好しでもなければこの暴挙は看過できるものではなく、守山と品野に領地をもつ松平信定が織田の軍勢を通したのは当然といえます。逆に清康の死が信定の唆しによるものであったなら、それは言わずもがなでしょう。ここで兵を出さない方が愚か者です。

 織田家にとっても、尾三連合の枠組みの中でパートナーとして松平清康はともかく、十歳の少年では信用を寄せられません。当然誰かの傀儡ということになるでしょうが、その基盤は極めて脆弱なものになるでしょう。であればすでに姻戚関係を結んでいる桜井松平信定が相続するのが望ましい。
 松平家家臣団の背後にいるはずの石山本願寺にしてみても、政権基盤の弱い幼君を立てるよりも、今は一刻も早い平和を必要としています。そのためには石山本願寺と敵対せず、なおかつ安定した勢力が三河の地を治めた方が望ましかったでしょう。
 つまり、岡崎にいる幼君を支持しているのは岡崎松平の家臣団だけでした。攻め手の方もうかうかしていれば、広瀬の三宅氏や足助の鈴木氏が南下してくるのはさけられないでしょう。電撃戦を必要としました。その目標は岡崎城ではありません。大樹寺です。
 大樹寺には松平清康の祖父長親がいました。すでに信忠は他界しており、清康も亡き今事実上の惣領は彼でした。隠居して長く、すでに自ら兵団を率いない長親に否応はありません。

 時に1535年(天文四年)十二月十二日。岡崎北方の井田野の地で織田軍と松平軍が激突しました。天文の井田野合戦です。尾張兵が大樹寺を抑えた時点で岡崎城下の戦いがどう転ぼうとも、織田弾正忠信秀と桜井松平内膳信定の勝利は揺るぎません。三河物語によると兵力は八千対八百。十対一の兵力差です。岡崎側は決死の覚悟で戦い、兵数が半分になるまで戦い抜きましたが、尾張側は適当に流して戦ったと思われます。この負ける要素の無い戦いで死ぬ方が損なのですから、和議を結ぶ気にさせる程度の損害を与えられれば良かった。尾張側にとっては信定の岡崎城入場の手はずがつけばチェック・メイトです。

 桜井松平内膳が岡崎に入った後、十二月二十四日に阿部定吉の父親である阿部道音が死にます。寛政重修諸家譜にはその死因は書いておりませんが、井田野合戦の戦傷死か、主君である松平清康の死に対する責任の取り方として、死を選んだのか、選ばされたのかいずれかだったと考えられます。偶然や老衰にしてはタイミングが良すぎますから。その四日後松平仙千代は岡崎城を出、『伊勢』に向かうことになります。阿部定吉は十歳の主君の供として付き従ったとされますが、これに前後して弟の定次も岡崎城をでていることや、阿部道音の死を考えると、ともに岡崎城を出たのではなく先に脱出したと考えたほうが良いのではないかと思われます。

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