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2008年11月13日 (木)

川戦:下克上編④桜井信定の蹉跌Ⅲ

 桜井信定が家臣団を含めた松平一門をどのようにまとめてゆこうとしたのか、その構想は不明です。本当であれば、現行の安祥家家臣団を一掃した後、仙千代の後見役として一門の采配を取れればベストだったのでしょうが、仙千代がいなくなったことでそれが出来なくなりました。ここに桜井信定の詰めの甘さというか、つまづきがあります。やむを得ず清康の弟の信孝を岡崎に入れております。自分が岡崎に入れば誰が一門の統括者であることがはっきりするのですが、それを避けているわけですね。ここに限界がありました。

 幼君とともに脱出を果たした阿部定吉は、東条吉良家や東三河の国人達を相手に仙千代の岡崎復帰運動を始めます。清康の代において東条吉良家は属城である小島城を攻められております。また西条吉良家からの圧迫もあり、家盛は弱っておりました。東条吉良家当主の持広は松平家の内紛は起死回生のチャンスととらえたようです。また、東三河国人たちにとっても、今川家から離反して西条吉良家や尾張の斯波・織田家につくことに不安を抱えていたのだと思います。そうなることを強いた松平家が二つに割れていたならなおさらです。故に、今川につく松平仙千代と阿部定吉を支持したフシがあります。東三河への侵攻に吉良家は参加しておらず、文句が出る筋合いがないのですから。

 桜井信定にとって一番やっかいだったのが、大坂からの帰還兵達でした。既に本願寺と幕府との講和は成立しており、本願寺教団は幕府の命によって比叡山延暦寺と組んで洛中の法華寺院をフルボッコにしている最中でした。法華衆はついこの間まで、幕府軍と一緒に大津の顕証寺、山科の本願寺、摂津富田の教行寺を焼いていた信徒衆です。幕府はこんな具合に走狗を煮てばかりいたため、十数年後に細川晴元は足元を掬われる羽目に陥るのですが、それは別の話。
 本願寺と幕府との講和がなり、また清康の死と井田野合戦の報せを聞いた三河兵が帰郷します。その三河兵の中に大窪党がいたと思われます。

 この辺はさらに推測の域が大きくなっているのでご注意ください。大窪藤五郎と本願寺を結びつける史料は何一つなく、彼がかつて一向宗が盛んだった越前国出身である事。その時点で一向宗の盛んな三河国で自分の姓氏を継ぐ者を探していた事。宇津忠俊というみどころのある後継者を得たことに満足して、一向宗が禁じられた故国に帰ることなく三河国で戦死した状況からたてた仮説にすぎません。
 忠俊の改姓には松平清康の同意があったとされています。これが事実なら、大窪藤五郎は清康に影響力を持っていたことになります。一介の武芸者とは思えません。ここで本願寺を持ってくるのは発想の飛躍とも思えるのですが、当てはめてみると結構はまるのですね。

 大窪党が守山崩れの当時、三河にいなかったと考える理由を申し述べます。それは松平清康が死に、天文の井田野合戦が起こった最中に大窪忠俊が三河国にいたなら、どこで何をしていたのかを一族である大久保彦左衛門忠教がふれないはずはない、と思うからです。それほどまでに仙千代の岡崎復帰に果たした役割は大きかったし、三河物語でもその活躍は詳しく書かれています。にもかかわらず、守山崩れから仙千代流亡までの間、大窪忠俊の活動が書かれていないということは、そこにいなかったのだと考えるのが自然だと思います。
 この大窪忠俊に対して桜井信定は、服従を誓わせることでした。そのために七枚起請を三回も書かせることをさせています。三回も起請文を書かせたことからして、信定は忠俊の思惑がどこにあるかを理解していたのだと思われます。本心はどうあれ形の上では信定に臣従を誓っているのですから、異心ありと見なしたなら、誅殺してもよかったはずですがそれが出来ないのは、彼が一個の軍団をもっており、安易に罰を与えれば信定に対して反撃する力があったからなのだろうと思われます。
 ただしこの時本願寺は下間頼秀派の粛清を暗殺などの手段によって粛々と進めている時であり、派手な軍事行動は戒めていたと思われます。本願寺教団の門徒が主導する軍事行動は出来ない状況にあったと思われます。
 天文の一向一揆が収まってから、石山本願寺は野寺本證寺を引き立てるようになりました。兵や住持を大坂に呼びつけて本願寺の警護を命じたり、証如との直の会見をするようになります。その野寺本證寺の大檀那が小川の石川一族であり、このころは清兼が一族を束ねておりました。
 岡崎城には合歓木松平信孝がつめ、彼が留守の間は石川一族である長右衛門康利と三郎四郎康定が城番をつとめていました。信定配下の家臣も同様に、門徒武士にささえられている事情もあって手出しができなかったのかもしれません。

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