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2009年3月17日 (火)

川戦:補遺

 一応川の戦国史は一段落したのですが、後々調べて決定的に間違ってる所がありましたので、書きとめて起きます。『山科編⑧大小一揆』において、『蓮淳派の一揆勢を大一揆。これに対抗する加賀三ヶ寺派の一揆勢を小一揆と呼び、この二勢力の争いを大小一揆と言います。』と書いてしまいました。
 井上鋭夫氏著の本願寺という本が講談社学術文庫からでており、これに浄土真宗本願寺教団の歴史が詳しく書かれているのですが、『超勝寺側を小一揆、若松側を大一揆と呼んでいる』とあります。逆なのですね。
 超勝寺側は蓮淳派ですし、若松は本泉寺のことで、加賀三ヶ寺の一つです。若松方は所詮加賀国のみを根拠地としており、蓮淳派は近江・三河門徒を動員しましたから、若松方を小一揆、蓮淳派を大一揆と考えていたのですが、事の発端となった加賀一国の中を見れば、加賀三ヶ寺は加賀国を牛耳る主勢力であり、超勝寺らは越前からの亡命者集団に過ぎないのですね。だから規模から見れば加賀三ヶ寺を大一揆、超勝寺一党を小一揆と呼ばれたことは正しいのでしょう。
 謹んで訂正させていただきます。訂正部分はお断りを入れた上で改稿させていただきます。

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