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2013年6月 2日 (日)

川戦:安城合戦編⑬漢字パズルⅢ(被の読み方)

図表5:「被」の字体比較
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同じ手順で活字本が「被」としている文字との比較表を作成してみました。対象になるのは040文字目にある「被起軍」(軍を起こされ)と51文字目の「被破破之由」(破られるの由?)、83文字目の「被致本意候」(本意を致し候)、104文字目の「被相詰之由」の「被」です。

一見してわかるのは古証文三種の字体のばらつきと、朝野の文字の統一具合です。特に040文字目の「被」は古証文では他の「被」の字と字形が異なっているのに、朝野は同文中の「被」の字と同じ字形としています。すなわち、朝野は書写対象の文字を「被」と解釈したなら
ば、一種類の字体に統一校正しているのです。
対して、 古証文肉筆本の三種は、いずれも同じ位置の字については、字形を変えたりすること無く、あるがままに書写されております。

これは、書写の目的、編集方針の違いによる差異と解釈できます。朝野は徳川幕府創業の記録をまとめることを目的としておりますので、古証文からの引用をするにあたっても、想定する読者(幕府の人間)の可読性の確保を重視としており、文中に異字体があれば、編集方針に沿って彼らが慣れ親しんだ字体に変更されたということでしょう。

 対して古証文は底本の忠実なコピーとして読まれることを目的としたために、字体や改行位置、さらには乱丁があってもそのままに記されたと考えられます。

 古文書の解釈においては、単純に字形を読むだけではなく、同じ文書でも他文書との異同を調べることによって、資料の作られ方や編集方針などを判読できるところが大変興味深いものです。以上を踏まえると、刊本だけでは出てこない別解も出せるのではないか。敢えてそのようなサンプルを出してみます。

図表6:83文字目:被致本意
6

これは活字本がいずれも「被致本意」としているのですが、古証文の特に古(酉)と古(和)における「被」の字体が、「被」よりも、「無」によっていることが気になります。併せて、「本」の字体も右側のはらいが湾曲しているのですが、このような特徴は辞典に該当する文字がありません。

また、ここの文章の前後を拾うと以下のようになりますが、「本意を致す」という表現は意味は解せますが、日本語や漢語として不自然ではないかと思われます。事実現代語訳文には、「本意を遂げ」と解されているものも散見されますが、明らかに文字が異なっています。

駿州ニも今橋被致本意候
(訳案)駿州にも今橋、本意を致され候

「本」の字ですが、朝野と古証文三種とでは明らかに字形が異なっております。これは右側のはらいの湾曲から、「方」ではないかと思うのです。被が無、本が方と読んだ場合、以下のような文章となります。

駿州ニも今橋無致方意候
(読み下し案)駿州にも今橋、致し方無き意に候
(訳案)今川義元が今橋を取ったことは仕方のない事である。

「被致本意」の場合は、今川義元が露わにした野心に氏康は警戒しているという感じですが、「無致方意」であれば、氏康は義元行為について、肯定的なニュアンスとなるのではないでしょうか。今橋は戸田一族の戸田宣成が守っていたのですが、この戸田宣成が今川に逆らったことを名目に兵を動員しました。これに対して一族である田原の戸田康光は中立を保ち、松平広忠は今川方で参戦しているのですね。すなわち、三河国人・土豪衆の賛意の中、今川義元は戸田宣成を成敗したのであり、他国人である織田信秀の介入の余地はなかったと言いたかったのではないでしょうか。

 以上、一応説としてはだしてみましたが、これが正しいとか、これしか解がないというわけではなく、あくまでも古文書を楽しむ別解としてだしてみました。他にも、「則時ニ被破破之由候」と、「破」の字が重ねられている理由は何か(朝野は破を一文字だけに校正しております)とか、この文書を読むだけでも興味が尽きない部分は多々残されております。

最後にここまでの説を踏まえた文書の文言及び、大意は以下の通りとなります。

01---+----10----+----20
如来札近年者遠路故不申通候処懇切ニ示給候
21---+----30----+----40
悦着候仍三州之儀駿州へ無相談去年向彼国被
41---+----50----+----60-
起軍安城者要害則時ニ被破破之由候毎度御戦功
62--+----70----+----80--
奇特候殊岡崎之城自其国就相押候駿州ニも今橋
83-+----90----+----00-
無致方意候其以後万其国相違之刷候哉因茲
02--+----10----+----20-
彼国被相詰之由承候無余儀題目候就中駿州此
22--+----30----+----40-
方間之儀預御尋候近年雖遂一和候自彼国疑心
42--+----50----+----60-
無止候間迷惑候抑自清須御使并預貴札候忝候
62--+----70----+----80-
何様御礼自是可申入候委細者使者可有演説候
82--+
恐々謹言、

 いただいたお手紙に書かれていた通り、私のいる相模とあなたのいる尾張国は遠路なので、近年は行き来もありませんでした。にもかかわらず、このたびご丁寧にも使者を送っていただいたことは、喜ばしいことです。あなたの手紙に書かれている三河国の件についてですが、駿河の今川義元に相談もなく、昨年三河国に対し軍を起こし、安城の要害を即時にやぶられたそうですね。あなたの戦功についてはいつも聞き及んでおりますが、このたびの軍功も凄いものだと思います。
 とりわけ岡崎城は駿河勢との角逐の場となってしまいました。駿河勢も今橋(現在の吉田)を占領してますが、それは仕方のないことでしょう。それ以後の駿河国の情勢に変わりはないでしょうか。ここに三河国は尾張と駿河の二勢力が詰め合いする場となったとこと、承りました。余儀の無いことだと思います。
 駿河の情報の中でも我々北条との関係について、お問い合わせの件にお答えします。近年駿河国とは確かに講和を結びましたが、駿河国に対する疑心は止むことがなく、迷惑な思いをしております。
 ともあれ清洲からの使いとお手紙いただいたことはありがたいことです。お礼をこれより申し入れたいと思います。委細は使者に述べさせます。恐々謹言。

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