« 川戦:安城合戦編⑬漢字パズルⅢ(被の読み方) | トップページ | 川戦:安城合戦編⑮考察 »

2013年6月 4日 (火)

川戦:安城合戦編⑭偽書説について

 ここまで調べていてなんですが、この天文十七年三月十一日付織田弾正忠宛氏康文書には偽書説が安城市史に提起されております。主なる論拠としては、同年同一日付で内容もほぼ重複している織田弾正忠宛氏康文書が同じ古証文に所載されているからです。しかも、元文書に長々と書かれていた背景説明を全てすっ飛ばして、氏康の返答のみが短く記されておりました。

(短文版全文・安城市史より[カッコ書きは安城市史の注])
 五二八 〔参考)北条氏康書状写  (古証文)

貴札拝見、本望之至候、近年者、遠路故不申入候、
      (今川義元)
背本意存候、抑駿州此方間之義、預御尋候、先年雖
遂一和候、自披国疑心無止候、委細者、御使可申入
候条、令省略候、可得御意候、恐々謹言、
天文十七
 三月十一日
  〈信秀)
 織田弾正忠殿
                 (北条)
                  氏康在判

 また、長文版においては、末尾に日付と署名がなされておりますが、この日付の様式がいわゆる文書の書式を満たしていないとのことです。下記に書かれているような、年号を抜いた「十七年」という書式は文書礼としておかしいということだそうです。

(長文版末尾内容)
何様御礼自是可申入候、委細者、使者可有演説候、
恐々謹言、
  (天文)
 十七年          (北条)
  三月十一日       氏康在判
          (信秀)
    織田弾正忠殿
             御返報

 故に、長文版は短文版をもとに作られたものであろうとの考察がなされ、短文版を含め安城市史では「参考」扱いの史料となっております。念のために書いておくと、安城市史で参考扱いとした村岡准教授ご本人は偽書であるとは言っておりませんが、この見解をもって偽書説として扱っている書籍を拝見したことがあります。

 偽書は、その文言に書かれた言説を流布することにより、事実とは異なる記事が盛られている文書と解釈しております。例えば武功夜話などがその範疇に入るといわれております。武功夜話は現存史料が後代になって書き写されたものであり、その内容に同時代文書には現れがたいオーパーツが入っていることなどからそう言われます。ただ、偽書説が説として機能するためにはその偽書が何故そのような形で後代に残ったのかの考察が必要ではないかと思うのです。

 例えば、武功夜話等であれば、前野家先祖が戦国時代に書いた史料を、子孫は一文字たりとも改変せずに封印保管していた訳ではなかったようなのですね。その時々の子孫がその都度知った知識を後代の子孫に読ませるために加筆を行い続けていたのであれば、歴史的史料価値は下がるかもしれませんが、決してその行いは責められるべきものではありませんし、その子孫がどのようなソースでどの部分を加筆したのかについては、むしろ理解・研究を深めるべきでしょう。
 もちろん、これが伝平岩親吉の三河後風土記をでっちあげた沢田源内のようなプロの偽書作者が書いた物であることが判れば話は別ですが。

 確かに年数のみ記された文書は見られませんが、古証文に所載されている氏康文書は書写文書です。故に古証文に掲載される過程で、書式の前後に加筆があったと考えられます。例えば、長文版には織田弾正忠殿の後に短文版にはない御返報が書き加えられております。短文版から長文版を作ったとすれば、この御返報を書き加えた理由が判じえません。同様に、短文版に天文十七と記されているとすれば、長文版から天文の年号を除いた意味が分からなくなります。

 ずっと後年に下って、桜田門外の変で井伊直弼が水戸浪士の兇刃に倒れた折、彦根藩江戸藩邸は二日にわたり、二ルート、二丁の早籠を調達し、国許に主君の死を伝えたと言います。北条氏康から織田信秀に届いた書状の日付は天文十七年三月十一日です。この八日後の三月十九日に三河国小豆坂で織田軍と今川軍の衝突が起こりました。後に言う小豆坂合戦です。当然尾張から相模のルートの中間にある今川義元は信秀と氏康が通じていることを知れば妨害しようとするでしょう。信秀としては、北条氏康に今川義元の後背をついてもらえればどれほど助かったことでしょう。そこまでいかなくても、色よい返事であれば政治的に活用できます。それを考えれば、北条氏康は織田信秀に確実に書状を届けるために、書状を二通用意したと考えてもよいかもしれません。

 いずれにせよ、私が把握している限りにおいては、安城市史に記された記事のみをもって偽書説と呼ぶにはやや根拠の提示が足りないように思われます。私自身、それらの情報にアクセスできていないだけかもしれませんが、今後の研究でこの時代の史実が明らかにされてゆくことを期待いたします。

|

« 川戦:安城合戦編⑬漢字パズルⅢ(被の読み方) | トップページ | 川戦:安城合戦編⑮考察 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/164985/57332489

この記事へのトラックバック一覧です: 川戦:安城合戦編⑭偽書説について:

« 川戦:安城合戦編⑬漢字パズルⅢ(被の読み方) | トップページ | 川戦:安城合戦編⑮考察 »