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2013年6月 6日 (木)

川戦:安城合戦編⑮考察

 とりあえず、私は現時点においても、天文十一年の第一次小豆坂合戦はなかった説を支持しております。それでも天文九年の安城城陥落はあると考える人は多いとは思いますが、以下の根拠でそれは疑わしいと考えております。第一に、平野明夫氏が「三河松平一族」で明らかにした天文十七年三月十一日付織田弾正忠宛北条氏康文書、第二に宗牧の東国紀行という書物において、天文十三年に美濃国加納口合戦に織田信秀が敗北します。それに乗じて岡崎城から阿部大蔵定吉が「おはりおもて」に向けて出陣したという記述があります。三河国安城が占領されている状況の中でどうすれば、阿部定吉が岡崎城を留守にして「おはりおもて」に到達できるかが疑問であること、第三に天文十三年の段階で深溝松平家の人間が安城で年貢をめぐるトラブルを起こした文書が残されていることです。

 その中でも、安城市史で天文十七年三月十一日付織田弾正忠宛北条氏康文書についての疑義が立てられていたことが本稿の考察のきっかけです。この考察において、安城市史があげている当該文書の疑問点については自分なりの解答が出せたと思っております。

 まず、朝野旧聞ほう藁において、織田弾正忠宛北条氏康文書の後半部分が永正年間に発せられたと思われる閏十一月七日付巨海越中守宛(北条早雲)宗瑞文書とくっついている理由です。これは古証文に乱丁があり、異なる文書が合わさってしまった為と推測しました。これは現在国立公文書館に蔵してある内閣文庫蔵の古証文三種文書を比較した結果たどりついた結論です。

 第二に、安城市史が「被相談」としている当該文書の内容です。これは同じ活字本でも戦国遺文と小田原市史所載の同文書が「無相談」としておりますが、これを安城市史では『「被相談」の「被」を「無」の誤写とみる説もあるが、文字自体は「被」である』という見解がありましたが、三種本と字体辞典を比較検討した結果、素人目で恐縮ですが「被相談」より寧ろ、「無相談」の方が妥当ではないかと判断いたします。
 同じ文書を書写していても、朝野旧聞ほう藁と古証文では書写の方針が異なっていて、朝野旧聞ほう藁では読みやすさを重視して異字体があれば統一を図り、改行位置などには頓着していないことに対して、古証文は字形や改行位置、改頁位置まで一致する完全コピーを作ることを目的とした書写がなされていることを確認しました。
 また、字体辞典における「無」と「被」の字形比較においては古証文三種の中でも大久保酉山旧蔵書、和学講談所旧蔵書、旧蔵元不明書の順で無に近かったです。むしろ旧蔵元不明書は、完全コピーを目指しながらも朝野旧聞ほう藁の解釈に近づけるよう書写がなされているのではないか、というのが調べている内に思った実感です。

 第三点は安城市史が直接述べていることではありませんが、活字本三種で「被」と読まれている文字でも、「無」である可能性の指摘ができたことです。「被致本意」は本意を致されというよくわからない日本語に読み下すしかないのですが、大久保酉山旧蔵書、和学講談所旧蔵書の二書の「被」は「無」に近いじでした。これをもとに「本」の字形が辞典の字形と必ずしも一致しないことを確認したうえで「無致方意」(致し方無き意)という読み下し方を提起してみました。これはあくまでも別解であり、私自身の今後の勉強も必要になるだろうことを含め、指摘のみしておく次第です。

 第四点は偽書説についてです。安城市史では偽書とまでは言われてませんが、史料編において疑義とともに参考文書の扱いとされている状況について考察をしてみました。偽書とするためにはやはり、どのような意図をもってそのような記述になったのかを考察することが必要ではないかというのが実感です。安城市史における疑義においても、最初から書式として整わない形になっていたかは不明であるし、天文十七年の小豆坂合戦前の状況において、敵地を経由して書状を送る段においては、同一人宛に複数文書が出ることもあり得るのではないかと考えてみました。

 安城合戦、小豆坂合戦においては今後も研究が進み、深い考察が出てくることを期待しております。

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