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2013年8月 3日 (土)

中漠:曹洞編⑨海道への展開

 なぜ、ここしばらく長々と曹洞宗と一見関係のない足利一門衆の話をしていたかというと、南北朝期から戦国期にかけて、彼らの領地を舞台にして曹洞宗が伸展したからです。
 足利尊氏・直義兄弟が建てた体制において足利尾張守家(斯波氏)は北陸地方の平定を受け持っておりました。足利尾張守高経は足利氏の主力兵力を率いて北陸に逃げた新田義貞を追い詰めるのがその任務でした。新田義貞を討ち取った後も、そのまま越前に残り、勢力を扶植しました。その後、足利尾張守高経は若狭・越前・越中守護を任じられております。加賀国は冨樫氏、能登国は吉見氏が足利尊氏に味方したため、それぞれの国の守護になっておりますが、斯波家の最盛期には一時的にではありますが、加賀国の守護に斯波氏が任じられていたこともあるのですね。斯波家と曹洞宗の結びつきはここから始まり、家臣団の相当深いところまで達しておりました。例えば、後に斯波家の所領を簒奪する越前朝倉家と尾張織田家はともに曹洞宗を宗旨にしております。

 東海地方における曹洞宗の伸展には、この足利尾張守家(斯波家)ともうひとつ、今川家が関与していました。
 応永元年に尾張国中島郡下津に天鷹祖祐が正眼寺を開創します。この時の尾張国守護は今川貞世の弟にして養子である今川仲秋でした。今川仲秋は遠江守護も兼ねておりました。1401年(応永八年)に恕仲天誾、遠江飯田に山内氏の懇請のもと、崇信寺を開創します。この時の遠江国守護は今川宗家の泰範(貞世・仲秋の甥)です。尾張の天鷹祖祐、遠江の恕仲天誾は系統は異なっていますが、双方総持寺の峨山韶碩の系統です。峨山韶碩の師は瑩山紹瑾でした。仲秋や泰範が支配していた尾張国、遠江国は今川貞世の失脚と彼が九州探題時代に重用していた大内義弘が応永の乱を起こしてその関与を疑われたことに端を発して、足利尾張守家改め、斯波家にその守護職を奪われることになります。そして恕仲天誾の系統である太源・恕仲派は遠江・三河国に勢力を扶植してゆきます。

 1370年(応安三年)に今川貞世は九州探題に任じられます。どうもこの時に寒厳派を通して曹洞宗との人脈を得たようです。1394-1427年(応永年間)に寒厳派の華蔵義曇が、吉良氏の招きで遠江国随縁山に普済寺を開創します。吉良氏は今川氏の本家筋です。吉良氏は最盛期である満氏の代に臨済宗の東福寺の円爾を三河国に呼んで吉良氏の菩提寺である実相寺を建てました。吉良満氏は一時鎌倉幕府下の越前国守護(足利家庶流としては唯一の守護就任例)に任じられたのですが、霜月騒動に巻き込まれて没落。以後、三河国における臨済宗はあまり奮いませんでした。逆に霜月騒動で功績のあった今川国氏が遠江国引間荘を得るなどして、勢力を持つようになります。この引間荘は今川氏から吉良氏へ南北朝期にどうも譲り渡されたらしいのですが、その頃今川氏は遠江国守護になっておりました。その吉良氏が寒厳派の華蔵義曇を遠江国に呼んだのです。これに前後して、遠江国守護は今川家から斯波家に移ります。吉良氏は斯波家被官として引馬荘一帯を支配するようになりました。1432年(永享四年)華蔵義曇は今川氏の支援により、随縁山から広沢山に普済寺の寺基を移しています。ここを起点に、寒厳・華蔵派は東海地方に末寺を増やしていったのです。

 太源・恕仲派と寒厳・華蔵派は競うようにして遠江・三河地方に勢力を伸ばしてゆきました。例えば、三河松平氏です。この一族は浄土宗が宗旨なんですが、歴代松平氏は禅宗寺を二つ建てています。一つが松平信光の代における萬松寺。これは寒厳・華蔵派の龍沢永源が建てています。もう一つは信光の曾孫にあたる松平清康の代の龍海院。こちらは太源・恕仲派の摸外惟俊によるものです。似たパターンは水野氏にもあって、1413年(応永二十年)に華蔵義曇の弟子の利山義聡が、刈谷に楞厳寺を開創しています。後になって水野忠政がここを菩提寺とするわけなんです。でも、1475年(文明 七年)に太源・恕仲派の川僧慧済が、水野貞守のために緒川に乾坤院を開創しているのですね。緒川と刈谷は水野一族の主要な根拠地で境川を挟んだ両岸にありました。水野忠政は系図上水野貞守の曾孫ということになっております。この共通項を一つの流れとして捉えてみれば面白い仮説が立てられるかもしれません。

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