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2013年11月21日 (木)

中漠:法華編⑤バーチャ時頼

 日蓮が寓居していた頃の鎌倉は天災続きでした。1256年(康元元年)八月六日には鎌倉に大風と洪水が襲い、その後に赤疱瘡という伝染病が流行しました。北条時頼も病気にかかって執権職を親族の長時に譲っております。幸い死には至りませんでしたが、執権に復職しないまま権力を握り続けました。権力の源泉が幕府執権にあるのではなく、北条一門の惣領にあることが明らかになったため、彼のこの頃の政治を得宗専制と呼ぶようになります。
 その翌年1257年(正嘉元年)八月二十三日には今度は鎌倉に地震が起こりました。さらに翌年1258年(正嘉二年)八月一日には暴風が吹き荒れ、十月十六日には大雨と洪水が起こっております。この間、飢饉や疫病は蔓延し、治安も悪化する事態に陥っております。
 さらに目を海外に転じれば、1259年(正元元年)に日本国と対馬海峡を隔てた隣国高麗がモンゴル帝国に服属しました。この頃のわが国は内憂と外患の真っ只中にあったわけです。

 これをビジネス・チャンスと書いてしまうのは少々不謹慎ですが、新興の念仏や禅はこれらの天災には無力でした。そこで日蓮はかくも天災が立て続けに起こるのは、人々が正しい教えである法華経を信じずに新興宗教にばかり目を向けているからだと断じます。さらにこのまま放置しておけば蒙古の侵略を受けるであろうと警告までしたのです。
 この主張は広く大衆にインパクトを持って受け入れられました。人々の信仰と自然現象は無関係であるという現代の常識と照らしあわせば、この日蓮の主張は根拠の怪しいものではあります。しかし、人々が求めていたのは科学的正しさではなく、天災から救われる方法でした。日蓮はその回答を明確に示したのです。
 そしてこの主張を『立正安国論』と題する小稿にまとめて、得宗北条時頼に送りつけました。
 立正安国論は『論』のついたタイトルですが、いわゆる論文形式で書かれた文章ではなく、旅客と主人という二人の登場人物による対話からストーリーが進む小説のような形式になっております。これは日蓮が信奉する法華経が多数の説話からなっているところに影響されたのかと思うと少し興味深いですのですが、立正安国論にはさらにおっかない仕掛けが施されておりました。

 立正安国論は旅客と主人の対話からなるのですが、読めばそれぞれが誰のことを指しているのか判るようになっているのですね。すなわち、旅客とは得宗北条時頼のことであり、主人とは日蓮本人です。二人の間に激しい論争は繰り広げられますが、最終的に客は理詰めで説く主人の主張を受け入れ、浄土宗への布施などを取りやめることを決めるわけです。すなわち、これは得宗北条時頼の面前で行われるべき日蓮の折伏行を仮想世界で実行したものだったわけですね。

 表向きには北条時頼は大人の対応をしました。すなわち、ガン無視です。しかし、その翌月に草庵が念仏者の襲撃を受け、さらに翌年にも念仏者に襲われました。立正安国論が得宗に提出されたことを知ったのかもしれません。さらにうがてば、その情報の提供元は北条時頼本人かもしれません。
 日蓮が立正安国論を提出した翌年、日蓮は幕府に逮捕され伊豆の伊東に流されました。やはり立正安国論の内容が幕府を怒らせたのかもしれませんが、立て続けに騒動となっているため、その張本人の保護を兼ねて伊豆に避難させたという見方もありえます。少なくとも、北条時頼は過去に蘭渓道隆を同じ伊豆国の修善寺に流しておりますが、すぐに赦して寺社の建造をさせています。日蓮は伊東に流されている間は安全を確保しておりました。本気で罰するつもりなら、流刑地で暗殺も可能だったはずです。例えば、源頼家などは伊豆の修善寺で暗殺されておりますよね。
 ちなみに、日蓮が伊東流罪になった翌年、蘭渓道隆も甲斐に二度目の『流罪』になっております。やはり騒動が相次いだために、ヤバそうな僧侶達は目の届く遠隔地に保護したと見て良さそうです。蘭渓道隆は配流先の甲斐国東光寺の寺風を禅風にしっかり改めるなど、配流地でやりたい放題しています。そして時頼の死後は彼の菩提を弔うために時頼の最明寺を興禅寺と改め、そこの住持を務めました。さらに言うと、伊東配流を赦されて後、故郷の安房に戻った日蓮は地頭の東条景信率いる念仏者集団に襲われて弟子は殺害されて自身も傷を負うという目にあっています。

 以上のことを総合すると、北条時頼は読みようによっては無礼千万な立正安国論の内容はスルーし、世論鎮静化と人身保護の観点から日蓮を辺地に避難させたと考えるのが妥当なところでしょう。

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