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2013年12月11日 (水)

中漠:法華編⑬観応の擾乱

 足利直義失脚後の幕府の体制は、足利尊氏、その執事高師直、そして足利直義の代理としての義詮が中心になります。とはいってもこのとき足利義詮は弱冠二十一歳。しかも京で育ったわけではなく、それまでずっと鎌倉にいたわけですから、京都の政治情勢には疎くてもやむを得ないところです。尊氏を支えるというよりも、次代の指導者として尊氏と高師直らの助けの必要な状態でありました。それまでは足利直義と高師直の両輪の上に尊氏が乗るという形になっていましたから、明らかに体制にほころびが生じているわけです。
 しかも、高師直が一門衆を圧迫している状況であったため、巨大な氏族である足利一門衆がこれに不満をもつことは避けられませんでした。それが一番最初に現れたのが、中国地方においてです。当時ここを治めていたのが長門探題を務めていた足利直冬。彼は足利尊氏の庶子でありましたが、尊氏に認められず、直義が養子にしたという人物でした。そういう事情があって、足利直冬は一門衆ではありましたが、その立場は直義の引き立てによるものでした。直義の失脚に伴い、直冬には足利幕府に従う理由はなくなったも同然です。足利直冬は上洛しようとして、播磨の赤松円心に押しとどめられるのですが、なおも押し通ろうとして兵を催促しました。そのことが足利尊氏の知るところになり、直冬は中国から追い出されますが、九州に逃れ、そこで少弐氏と結託して盛り返します。

 足利尊氏と高師直はこれを討伐するために出兵します。しかし、その背後で足利直義は蠢動しておりました。と言うよりも、直冬の行動は直義と示し合わせていたフシがあります。足利尊氏と高師直の出陣後に足利直義は京を脱出、そしてあろうことか南朝に降伏したのです。吉野から賀名生に逃れた南朝方には直義の底意を疑う者もいましたが、九州では直冬と南朝の懐良親王が連携して足利方の一色氏範を追い出しています。また、高師直には吉野を追い出された恨みもあったため、後村上天皇は真意を疑いつつも、この話に乗りました。足利直義は挙兵して京に攻め込みます。ここを守っていた足利義詮はあっというまに京を抜かれ、撤退を余儀なくされます。
 直冬攻めのために山陽道を西下する途上にあった足利尊氏と高師直はこの知らせを聞いて京に戻ろうとしますが、打出浜(現在の兵庫県芦屋市)で待ち構えていた足利直義軍と遭遇します。
 足利直義は尊氏ではなく、高師直を討つことを掲げて挙兵しました。高師直は戦争に強いのは確かですが、多くの人々に憎まれておりました。打出浜に臨んだ時、尊氏軍には陣から抜け出す武将が続出して不利な戦いを強いられました。尊氏・高師直は降参します。和議にあたって尊氏は高師直の助命を条件とし、直義は一旦それを飲みます。しかし、京への護送中に高師直は武庫川べりで直義軍に一族もろとも打ち取られてしまいました。手を下したのは上杉重能の養子能憲です。養父重能は流罪になったにもかかわらず、直後に高師直の手で暗殺されています。先に手を出した以上、このような運命になってしまうことはやむを得ざるところでしょう。ただし、尊氏の面子は丸潰れになりました。

 新体制は足利尊氏とそれを補佐する真の実力者直義、足利家跡継ぎ見習いの義詮の三頭立ての政権となりました。しかし、直義は高師直との戦いで勝ちを拾うために無理をしすぎていました。その一つは南朝に降ったこと、もう一つは敵を高師直として足利尊氏とはしなかったことでした。南朝への降伏に関しては直義は反故にして光巌上皇の不安を宥めましたが、それでも今後政治的な事情が変わればまた裏切られるのではないかという不信が芽生えることはやむを得ないことだったでしょう。そして、尊氏打倒ではなく、高師直打倒としたこと。直義としては尊氏を傀儡として操るつもりだったのですが、直義が尊氏の惣領権を否定していない以上、尊氏が惣領権を行使することを押しとどめる名分はないのです。京に戻った足利尊氏は逼塞するどころか、以前以上に一門衆に対して当主意識をむき出しにした対応をとります。これは直義が京で政治がとれるのは尊氏がその業務を代行させているに過ぎないということを示したデモンストレーションでもありました。足利氏の一門衆に動揺が広がります。

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