« 中漠:法華編⑯自己実現の物語と町衆の具足山 | トップページ | 中漠:法華編⑱受難の法則 »

2013年12月19日 (木)

中漠:法華編⑰バランス・オブ・パワー

 観応の擾乱の後の足利家の執事は仁木頼章が引き継ぎ、尊氏の死を期に引退しました。将軍位を継いだ義詮には細川清氏が執事を引き継ぎましたが、佐々木導誉らの策謀によって失脚させられました。清氏は南朝に降って一時は京都を占領しましたが、反撃をくらって戦死します。
 ここで執事のなり手がいなくなってしまい、お鉢が足利尾張守家出身の高経に回ってきました。彼は大変に気位の高い人物で、『そもそも執事というものは、高師直のような足利家の累代の家人か、上杉家のような外戚が担う役目である、足利一門の中でも宗家と同格である自分には役不足である』と言って固辞しました。高氏はもと高階氏といい、源義国(新田・足利両家の祖先)が下野国に降ったおりに、ともに渡った一族です。高階氏の出自は義国の父、八幡太郎義家の庶子であるという説もありますが、いずれにせよ一門衆とは一線を画した存在であったといえます。上杉氏は先にふれたとおり、宮将軍の鎌倉入りの時に付き従った勧修寺家の一流であり、いわば貴族崩れの武士でした。彼らと自分を同格にするなというわけです。

 ここですったもんだがあって、結局足利尾張守高経本人は執事にはならず、彼の弱冠十三歳の息子、義将が就任することになりました。実質的に政務を取り仕切ったのは高経でしたが、彼は高慢なところがあって、佐々木導誉と要らざる確執を生んだ末に失脚します。替わって管領という新たな肩書の元、実権を握ったのが細川頼之でした。彼は足利義詮の元執事の清氏の従弟でしたが、謀反を起こした清氏を自ら打ち取った武功の持ち主でもありました。足利尾張守高経は自らが勝ち取った執政の立場を細川家に取られて内心忸怩たるものだったと思われます。同じ年、足利義詮が没します。後を継いだ義満はまだ若干十歳の少年でした。細川頼之が管領となったのは、高経の高慢さよりも義満が幼い間に強力な一門衆が幕政を牛耳ることを避けたかったものと思われます。
 細川頼之は若い足利義満を十年にわたり補佐しますが、その間斯波氏(足利尾張守家改め)をはじめとする敵をたくさん作ってしましたした。斯波義将はその反対勢力を取りまとめたうえで、足利義満が作った花の御所を包囲、細川頼之の罷免を要求します。これは観応の擾乱における高師直による足利尊氏邸包囲事件と同じ状況でした。その状況下で細川頼之は罷免されて領国に帰ります。ここに細川頼之後見体制は終焉するわけです。
 政治は幕政復帰した足利尾張守改め、斯波義将が管領する形となりますが、足利義満はこれに対抗して奉公衆という将軍直属の親衛隊組織を作り、有力御家人に頼らない体制を志向します。これ以降、足利義満は強力な勢力には対抗勢力を生み出すことによって勢力の均衡を図ることになります。斯波義将は細川頼之を追討することを足利義満に迫りますが、それが実現する前に頼之を赦免しました。

 それは洛内の法華宗寺院においても同じでした。1379年(康暦元年)に足利義満は本国寺の大客殿建立の為に材木を寄進します。すでに日静は示寂しており、上杉氏は観応の擾乱で重能は殺されており、その養子の能憲は直義派だったのを許されて、関東管領として鎌倉に赴任しました。以後関東管領職は能憲の宅間上杉氏、伯父の系譜である山内上杉氏、犬懸上杉氏によって継承され、上杉氏は関東経営に専念することになります。それに伴って京の本国寺に対するバックアップは途絶することになります。そんな中での足利義満による寄進は尊氏の生母である上杉氏とのつながりをアピールするすることになり、本国寺の名望がよりあがることになりました。1381年(永徳元年)には関白の二条師嗣が妙顕寺日霽に対して、本国寺は妙顕寺とともに洛内の法華寺院の代表格であると述べています。
 妙顕寺は後醍醐天皇に見いだされるところからスタートし、大覚妙実の代に後光厳天皇に認められる栄誉を浴しました。対する本国寺は上杉氏が関東に去ってしまった格好だったのですが、ここで足利義満のスポンサードが入ること、そして妙顕寺も住持継承のごたごたから分裂したことによってその差が埋め合わされて、洛中法華の双璧が形成されていったわけです。
 三代将軍足利義満は斯波義将の力を利用して細川頼之の勢力を削ぎ、細川頼之の追い落としに協力した土岐康行、山名氏清らを粛清して力の均衡を作りその上に君臨するという手法をとってゆきます。洛中法華のありようはその縮図でもあったと言えるかもしれません。
Photo_12

|

« 中漠:法華編⑯自己実現の物語と町衆の具足山 | トップページ | 中漠:法華編⑱受難の法則 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/164985/58414428

この記事へのトラックバック一覧です: 中漠:法華編⑰バランス・オブ・パワー:

« 中漠:法華編⑯自己実現の物語と町衆の具足山 | トップページ | 中漠:法華編⑱受難の法則 »