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2013年12月 3日 (火)

中漠:法華編⑩ブルーオーシャン・レッドオーシャン

 平安京が造営された時代から鎌倉時代まで、東寺や壬生寺などいくつかの例外を除いては、寺というものは条坊の外に置かれるものでした。神道由来の都は清浄が保たれなければならない、という発想故ではなかったかと思料します。都の中で死んだ人間は鳥辺野や紫野等、洛外の埋葬地に送られてそこに葬られます。罪人の処刑場として使われる三条川原も洛外扱いです。

 もちろん武家もそうです。それ故か、鎌倉時代に後鳥羽上皇と北条義時が争った承久の乱後に、鎌倉幕府は京の朝廷を監視する目的で六波羅探題を置きましたが、それとても鴨川の東側、条坊の外側にありました。
 日像が後醍醐天皇から寺地を賜った日像が建てた妙顕寺もそうです。勅願寺の指定を受けてはいたものの、御溝傍今小路(上京区)は他の寺院と同じく平安京の碁盤の外です。それが当時の常識でした。

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 ところが、建武の新政は長続きせず、後醍醐天皇は吉野で崩御します。替わって京に入ってきた足利尊氏は、毛並みこそは良かったものの、鎌倉生まれの鎌倉育ちでそういった京都の常識とは無縁というか、自分の常識が京都の常識とはずれていることに気づいていないところがありました。
 足利尊氏は自らの一族の菩提寺を三条坊門柳馬場に作ってしまったのですね。最明寺入道北条時頼以降、北条家の当主は自分の家を寺にしてしまって、そこで政治を見ていました。彼らはもともと武家なのだから、別段死の穢れを忌避することはしなかったのです。だから、足利尊氏が上洛後も鎌倉の常識を引きずって条坊内に寺を建てたのです。この寺を号して等持寺といいます。流石に京都暮らしが長くなると足利尊氏も空気を読んで、墓所を洛北に移して等持院を建てました。
 彼は寛容な性格で、政敵である後醍醐天皇の菩提を弔う為に洛西に天龍寺を建てるなどして、決して後醍醐天皇の事跡のすべてを覆すことはしませんでした。それどころか、後醍醐天皇をはじめとする歴代天皇が行わなかったことを始めます。そんな足利尊氏も、鎌倉の武家であるが故に、お茶目なミステイクをしでかしたわけですが、当初はこの失敗を認めずに、糊塗しにかかりました。等持寺以外にも、洛内に寺を作ってしまえばいいじゃないかと考えたのですね。

 足利尊氏・直義が等持寺を作ったのと同じ年の1341年(暦応四年)に妙顕寺は御溝傍今小路から四条櫛笥に移ります。地名から判断するに、現在の阪急四条大宮駅のあたりであり、堂々たる洛中の寺ということになります。
  足利兄弟が日像に期待したのは、戦乱の中没落した法華宗の寺僧達の統制でした。それは日像が弟子の妙実にあてた手紙にも書かれていることです。事実上近隣にライバルはいません。日像がターゲットとしたのは、御家人や京の町衆達でした。ライバルのいない処女地において、思うがままに自らの勢力を固められる状況をビジネス用語でブルー・オーシャンと呼びます。日像は自らの前途に青い海原を見たのではないでしょうか。

 1345年(貞和元年)京に来ていた日静が光巌上皇から洛内に寺地を賜ります。東西に堀川通り、大宮通り。南北に七条通り、六条坊門通りに囲まれた領域でした。当時京にあった里内裏や武家の館に比べても破格の広さです。日静はここに本国寺を建てました。さらに、光明天皇からも正嫡付法の綸旨という、日印=日静の門流こそ日蓮の教えを正統に受け継がれたものであることを保証する綸旨を与えました。日静自身は勧修寺家から分かれた上杉家出身で、甥にあたる上杉重能は足利尊氏・直義の側近として仕えておりました。本国寺は江戸時代になって、寺号に水戸光圀の圀の字をもらって本圀寺と改称しますが、本稿においては本国寺で通します。四条門流が後醍醐天皇の保護を得たのと同様に、日静は足利尊氏や上杉氏の外護があったと見て間違いのないところでしょう。日静が京において開いた流派を六条門流といいます。

 日像は本国寺創建の三年前、1342年(康永元年)に亡くなります。日像と日印は兄弟弟子でしたが、師日朗から譲られた日蓮ゆかりの重宝を巡って深刻な対立関係にありました。
 本国寺のターゲットもまた、妙顕寺と同じく在京の御家人であり、町衆です。ビジネス用語では限られたシェアを相争う市場のことを血の海になぞらえてレッドオーシャンと呼びます。京における法華宗はこうして一派に統一されることなく、二派に分かれてシェアの分捕りあいをすることになります。その対立構造に輪をかけたのが、南北朝期の騒乱の政治情勢でした。

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