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2014年1月11日 (土)

中漠:洛中幕府編Ⅰ⑤第二天台

 足利幕府が次に行ったのは延暦寺対策でした。先稿でも述べたとおり、京の攻防戦で比叡山延暦寺は後醍醐天皇を匿い、足利尊氏軍の比叡山攻めの折には高師重をはじめとして多くの犠牲を強いた場所でもありました。新田義貞をはじめとしてここに籠もっていた宮方の武将は駆逐したものの、延暦寺はそれ自体これは後白河法皇も自らの意のままにならぬものと諦めざるを得ない程の強力な力を持った勢力でもありました。
 これに対して近江国守護の京極佐々木導誉がまず動きます。

 佐々木一族は代々天台宗徒ではありましたが、鎌倉幕府有力御家人として、北条家がはまった臨済宗にも帰依をしておりました。近江国守護として支配権を強化するためには延暦寺との折り合いをつける必要があります。前回の戦争で延暦寺は宮方について、結果敗北しております。流石に政治への口出しは影を顰めましたが、それでも宗教的権威のもと、強力な力を維持していることは足利幕府にとって脅威でもありました。帰趨は決したとはいえ、南朝の残党はまだ健在です。そこで佐々木導誉は一計を案じ、比叡山延暦寺に喧嘩を売りました。それが妙法院焼き討ち事件です。

 きっかけは鷹狩り帰りの佐々木の郎党が妙法院の紅葉を勝手に伐採したことに端を発する些細な喧嘩ですが、それに近江国守護本人が乗り出してきて、妙法院全部を焼き払ってしまったのです。普段だったら、延暦寺は神輿と神木を担いで下山してデモをやらかすのですが、今回は宮方について降伏していた身分です。だからそれは仄めかすだけに控えて朝廷に抗議しました。おそらくは佐々木導誉や足利直義には想定内のことだったでしょう。だから朝廷や延暦寺が様子を見ている間に次の手を打ちます。足利直義は朝廷に配慮して佐々木導誉を流罪に処します。これで一旦は延暦寺も安堵するのですが、ほっとしたところに佐々木導誉が不意打ちを食らわすのです。
 流罪を得た道誉が都を発つその行列は、見送りの若党二百余騎に、猿皮の矢壺と腰かけをつけさせ、手にウグイスの籠を持って付き従い郎党はきらびやかな遊女を侍らせ、行く先々で盛大な酒宴を催しながら、東下りと洒落込む風情であったのでした。猿皮というのは比叡山で祀ってある山王権現は猿の神様なのですね。それを皮になめして尻に敷くということは延暦寺の権威に対する反逆であり、ある意味延暦寺の強訴よりもいっそう洗練されたデモンストレーションです。もちろん、これは挑発であったものと思われます。

 しかも彼は一年余りで京に戻ってしまって罰も何もうやむやになってしまいました。いつもの延暦寺でしたらブチ切れるところですが、自重しています。それだけ幕府が怖いということでしょう。

 しかし、佐々木導誉と足利直義にとっては失敗ではありました。だから、次なる一手を打ちます。後醍醐天皇が法華宗(日蓮宗)の日像に、御溝傍今小路(上京区)に与えていた寺地を四条櫛笥に移したのです。法華宗(日蓮宗)は天台宗から見るなら、彼らが根本経典とする妙法蓮華経のみに帰依する過激な分派でありました。天台宗は法華宗を異端と見なしており、当初は朝廷も無視していたのですが、後醍醐天皇が上京に寺地を与えていたものです。都の慣例からして三条坊門に等持寺という禅寺を建てるだけでも腹立たしいことなのに、さらに異端の法華宗に洛内に寺地を与えること、これは腹立たしいことに違いなかったでしょう。しかし、またしても延暦寺は自重しています。

 そこで、足利直義はさらなる一手を打ちます。1345年(貞和元年)、同じ法華宗(日蓮宗)の日静に光巌上皇を通して洛内に寺地を与えたのです。東西に堀川通り、大宮通り。南北に七条通り、六条坊門通りに囲まれた領域で、その広さは東寺に匹敵します。当時京にあった里内裏や武家の館に比べても破格の広さです。日静はここに本国寺という寺を建てました。日静自身は勧修寺家から分かれた上杉家出身で、彼の甥にあたる上杉重能は足利尊氏・直義の側近でもあります。本国寺は東寺との三条坊門殿との中間地点にあり、真言宗の洛中道場に匹敵する規模の寺を法華宗(日蓮宗)に与えたということは、幕府と朝廷が天台・真言両宗派に匹敵する正統性を法華宗(日蓮宗)に与えたということでもありました。いわば第二天台宗と認めたと言っていいでしょう。

 これが端緒となって、洛内の町衆達が日蓮宗に染まってしまう結果となります。
 この政権が続く限り、この手の挑発はエスカレートしてゆく一方でしたが、延暦寺は自重する以外に方法はありませんでした。しかしながら、この政権が崩壊するにあたって、延暦寺はフリーハンドを取り戻すに至ります。

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