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2014年1月25日 (土)

中漠:洛中幕府編Ⅰ⑪バタフライエフェクトⅢ

 実際に、足利直義が兄に迫って高師直を執事の座から引きずりおろすまでの間に高師直が何をしていたのか、推測する材料として、実際に起こってしまった事象から原因を掘り下げてゆきたいと思います。

 まず、1349年(貞和五年)四月に足利直冬は長門探題に任じられます。その年の閏六月七日になって、足利直義は兄尊氏に迫って、高師直の執事職を取り上げます。その背後には直義の執事である上杉重能、畠山直宗などの側近衆や僧妙吉の讒言があったと言われております。それからまもなく、八月十三日になって高師直は俄に足利直義討伐の軍を起こします。直義は足利尊氏邸に逃げ込みますが、高師直はその屋敷を囲み、直義の引き渡しを要求するに至るのです。

 ここでまず、1349年(貞和五年)四月の足利直冬の長門探題補任がどういうものだったかを考察してみます。長門探題は単に長門国(現在の山口県西部)に置かれた出先機関ではありませんでした。その権限は中国地方全域の軍司令官と言ってよいものです。その為に、直冬の長門探題補任に伴う、周辺諸国の守護職の交替を伴うものだったのですね。まず、直冬が探題赴任するまで長門国守護だった厚東武村は足利直冬に守護職をゆずります。その隣国の石見国(現在の島根県西部)守護の上野頼兼は解任され、守護不在となります。周防国(現在の山口県東部)守護は大内(鷲頭)長弘は、足利直冬被官である上総左馬助に交替されます。上総左馬助はその三年前に因幡国(現在の鳥取県東部)守護に任じられておりました。その前任者は吉良貞家という一門衆です。また、長門探題補任の直前、足利直冬は細川頼春に替わって備後国(現在の広島県東部)守護を
任じられておりました。
 つまり、足利直冬は長門探題補任によって、長門、周防、備後、因幡の五ヶ国を事実上の直轄地としてしまったわけです。それらの国に加えて備中、安芸、石見、出雲、伯耆の成敗権を得て、九ヶ国の支配者となりました。さらに無主地となった石見国の三隅氏は足利直冬シンパでもありましたので、これによる中国地方における足利直冬のプレゼンスは極めて大きいと言わざるを得ません。

 次に1349年(貞和五年)八月十三日に足利尊氏邸を囲んだ高師直軍のメンツを見てみます。山名時氏は伯耆国(現在の鳥取県西部)と隠岐国(現在の島根県隠岐島一帯)守護です。今川頼貞は但馬国(現在の兵庫県北部)守護にして足利一門。それに付き合って同族の今川範国(心省)もいます。吉良貞経は父親が因幡国と但馬国の守護の前任者なのですね。細川清氏は同族の細川頼春が前備後国守護を、顕氏が備前国守護をしておりました。(但し、頼春と顕氏ら自身は足利直義と一緒に尊氏邸にとどまっておりました。)佐々木秀綱、秀定、氏綱、氏頼、直綱、定詮時親らは、一門の長である佐々木導誉が出雲国守護を務めています。そして佐々木一族の富田秀貞が美作国(現在の岡山県東北部)守護をしている関係があります。武田信氏はおそらく武田信武の誤植で安芸国(現在の広島県西部)守護をしています。大平義尚は足利直義失脚後備後国守護に任じられました。厚東駿河守は厚東武村のことです。厚東武村も元長門国守護でした。大内民部大輔もおそらくは大内長弘本人もしくはその一族だろうと思います。大内長弘は元周防国守護です。主力となった高一族も、高南宗継という者が備中国守護に任じられておりました。その他に土岐一族他中小武士団がこぞって顔を出しているわけですが、ここまで長門探題の人事に被る人間が揃っているのであれば、これは中国地方の守護配置の急激な変更に対する反発であったと見るべきではないでしょうか。執事を罷免された高師直はそういった声を拾い集めて逆襲の手ごまにしたわけですね。

 楠木正行が戦死し、南朝が吉野から賀名生に追われて一年余で中国西部八ヶ国を束ねた小幕府を作る構想はあまりにも拙速であったと言るでしょう。しかも、その僅か三ヶ月後に高師直を執事職から罷免しております。高師直は四条畷合戦で勝利し、南朝を賀名生に追いやった功労者であったことも含めて考えれば、足利直義は非常に焦って強硬策に討って出たとしか考えられません。その強権が、高師直の一声で集められた兵によるクーデターで権力を喪う程脆かったとなれば、なおさらです。
 太平記では足利直義の側近や僧侶達が煽って、高師直を罷免させたということになっております。その記述の通り、足利直義を強硬策に打って出るよう教唆した勢力は確かにいたものと思われます。私はそれは夢窓疎石と在京の臨済僧集団達ではなかったかと推測しております。

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