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2014年3月27日 (木)

中漠:洛中幕府編Ⅱ⑮導誉いぢめ

 かくして、足利尾張守高経は幕府の実権を握りました。それは帰参組が幕政トップについたことと同義であり、観応の擾乱に伴ういざこざで幕府を敵に回してしまった武将達も、帰参しても罰せられないばかりか、やり方次第では以前以上の待遇も勝ち取ることができたのです。南朝は九州を除けばすでに死に体です。離反組はずっと離脱のチャンスをまっていましたが、義将の執事就任で、それを実行に移したのです。
 帰参したのは周防の大内弘世と因幡、伯耆、石見に勢力を持つ山名時氏の二人でした。幕府は大内弘世を長門・周防国守護につきました。それまで守護を務めた厚東義武は守護を免じられ、南朝につきました。と言っても、この時点で厚東氏は長門の支配権を喪失した名ばかりな守護となっていたようで、現状追認という形での決着ということになります。彼の庇護下には高経の次男、氏経がおり、彼の存在が何らかの取引材料となったのかもしれません。この氏経は高経・義将親子が幕府の実権を握っていた期間中はずっと周防におり、帰洛したのは高経の失脚後、それも出家隠遁の身となっていました。
 同じく、山名時氏も自領を安堵され、勢力を保ったまま幕府に帰参することに成功したのです。これを機に中国地方の一和は実現しました。中国探題として山名、大内と相対していた細川頼之は解任されてしまいます。もっとも、四国で従兄弟の清氏を討ち取ってから間もなくのことでもありますので、頼之としても四国の経営に専念したかったところではないかと思われます。
 大内と山名の帰参について、佐々木導誉にとってみれば出雲国守護の座をめぐって山名時氏と対立していましたから、彼にとってはあまり愉快な話ではなかったかと思われます。

 さて、高経は幕府と袂を分かつ以前には足利直冬派、さらに遡って足利直義派に属しておりました。足利尊氏の京都占領と同時に、一門衆は各地に征旅に出、高経は北陸方面軍を率いて、新田義貞を討つことに成功したのですが、その功はなぜか足利尊氏に認められるところではありませんでした。一説に新田義貞が持っていたという銘刀を高経が着服したからとも言われておりますが、多少フィクション臭のする話です。実際は一門衆筆頭であるところが警戒されたのでしょう。一門衆の秩序からはずれた高師直と足利直義が争った時には、直義側についております。逆に佐々木導誉はその間ずっと政権の中枢を占め、存在感を増しておりました。
 そんな高経が執事後見として幕政に関与するならば、佐々木導誉の影響力を削ぐところから始めなければなりません。但し、それは細川清氏の轍を踏まないように三男の氏頼に佐々木家から嫁を取らせました。導誉とて、勢力の小さい幕府の実力者として終わることは良しとはしなかったと思われます。すでに後醍醐天皇や足利兄弟はこの世になく、京童から古狸と評されるほど年を経た導誉ですから、次代に何を残すかを考え始めたのではないかと思います。幕府の権威を高めなければならないことは理解していたものの、足利一門ではない外様の彼ではやりきれないことも多いことは確かでした。だから高経との連携が模索されたのですが、結局のところ、それは氏頼の出家隠遁という結果に終わってしまいました。

 一応、高経は目指すべき政治ビジョンを持っていました。それは1340年代に足利直義が取り進めていた方向性です。将軍がいて、将軍を支える一門衆がいて、その外郭に武家を置くやり方です。導誉と妥協してそのほかの方策を模索する道を取るべきだったかもしれませんが、それは老い先短い彼の人生の否定であり、彼の名門意識はそれをすることは許さなかったのです。
 彼の政策は増税によるインフラ整備と法治の徹底にありました。増税は不人気策であり、インフラ整備には佐々木導誉や赤松則祐らに担当させたのですが、彼らは能力が足りなかったのか、意識的にサボタージュをしたのか税を滞納したり、納期を遅らせたりするなどの不始末をしたのです。これに対して、高経は守護職罷免や彼らが経営する荘園を取り上げたりして対応しました。そして、五男義種を侍所頭人兼山城守護に起用し、権力基盤を固めにかかったのです。
 高経は息子の義将とともに四年間執政を務めましたが、その間に還暦を迎えてしまっておりました。導誉はその十歳年上ですが、未だ意気軒昂です。高経は寿命のある間に幕府の屋台骨を立て直して、足利尾張守家執政の道筋を立てたかったのでしょうが、多少急ぎすぎた感はありました。

 その結果として観応の擾乱を似た事件を引き起こすことに至るのです。

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