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2014年5月15日 (木)

中漠:洛中幕府編Ⅲ⑪康暦の政変

 康暦元年閏四月十三日、クーデターが起こりました。足利義満の花の御所に斯波義将ら反細川頼之派の諸将が集まって管領細川頼之の罷免を要求したのです。花の御所を包囲した諸将の中には京極佐々木高秀の姿もありました。実は彼はこの前日に赦免してもらった足利義満と会見を行い、義満に改めて詫びを入れております。なので義満は怒り心頭に発しておりましたが、多勢に無勢どうにもなりません。
 細川頼之はその様子を見守っておりました。おそらくは洛内にある自らの館の中で。彼はこの展開を見通しておりましたし、これから自分がなすべきことも心得ておりました。政権基盤を確立するうえで、ずっと野党的立場にいた一門衆筆頭の斯波義将に踏み絵を踏ませて与党陣営に取り込むことは趣向として面白いことでしたが、義将がそれを拒否した以上、どちらかが身を引かねばならない局面でした。そして今回、斯波義将は土岐頼康を筆頭に佐々木高秀や鎌倉公方足利氏満、そして春屋妙葩らを仲間に引き入れて包囲戦を挑んできたのでした。抵抗は可能でしたが、観応の擾乱のような日本国を二つに割るような戦いは細川頼之にとってもこりごりなことでした。
 細川頼之は一族郎党を集めて根拠地である四国に引き揚げます。

 事態の後始末ですが、ここで登場するのが春屋妙葩でした。彼は細川頼之が失脚した五日後には天龍寺雲居庵におり、そこで足利義満と会見しております。そこで事後対策の打ち合わせを行ったようです。
 関東ではその前月に上杉憲春の兄弟の憲方が幕府討伐軍の将として起用され征西の旅にでましたが、伊豆国三島で兵を留め、そこでサボタージュを宣言しました。憲春が自害せざるを得なかったように、反幕挙兵は勝ち味の薄い話でした。焦った足利氏満は上杉憲方に関東管領を与えて自らの命に従うよう誘導しましたが、憲方はそのまま鎌倉に戻りました。四月の時点で政局は流動的でしたし、氏満の命令が実現可能かどうか見定めるためであり、万一義満が勝ち残った場合に生き残りを図るためでもありました。まもなく、細川頼之の失脚のニュースが流れます。
 鎌倉公方はこの政変の意味を理解していたようです。これは足利直義と高師直から始まる幕閣内の対立構図にあって、足利直義系の考えをくむ斯波義将が勝利したということを。上杉憲方の抵抗も反映したと思われますが、これをきっかけに幕府に詫びを入れて受け入れられました。

 斯波義将は細川頼之退任後の新体制の組閣を即座に始めました。その中で割をくったのが佐々木高秀です。彼は足利義満の室町第を斯波義将と土岐頼康らと一緒に包囲し、細川頼之の管領罷免に大いに寄与したのですが、まずいことにその前日に六角佐々木亀寿丸と近江で争った件について足利義満に詫びを入れ、許された直後でした。義満の意向に逆らうことは二度としないと誓ったその舌の根が乾かぬうちの反逆ですから、足利義満は佐々木高秀の領地を全部没収したのでした。但し、佐々木高秀と同様足利義満から追討命令をくらって許され、その後室町弟を囲んだ土岐頼康は政変後伊勢国守護を追贈されております。
 佐々木高秀は父親が斯波義将によほど恨まれていた(貞治の政変の立て役者が佐々木導誉です)のか、幕府に六角佐々木亀寿丸を擁護する強い動機があったためでありましょう。六角亀寿丸に足利義詮父親説がささやかれる所以でもあります。

 権力を握った斯波義将が最初に行ったのは細川頼之の追討です。細川頼之はこの展開を読んでいてすでに、領国の讃岐に引きこもり、四国全体を一門で防衛体制を作り上げました。それまでの細川氏の武威により、四国はほぼ細川一門の勢力圏にはいっておりました。これに対抗して、斯波義将は南朝方の武将である河野通堯を帰参させて伊予国守護に、細川家宗家の流れをくむ細川正氏を阿波国守護に任じて勢力を削ぎにかかりました。細川正氏は細川清氏の子であり、細川頼之は同族でありながら、自らの手で細川清氏を討ち取っております。いわば親の仇でありました。しかし、細川一門は頼之を中心に結束。細川正氏を懐柔し、河野通堯を伊予国周桑郡にて討ち取ってしまいました。細川軍の精強ぶりにさしもの斯波義将も二の足を踏むようになり、足利義満も頼之を討ち取ることには消極的だったこともあって、和睦の方向が模索されるようになりました。

 次稿ではこの一連の流れをプロデュースした春屋妙葩の視点でこの事件を追ってゆきます。

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