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2017年5月27日 (土)

川戦:安城合戦編Ⅱ 2-2 誰が誰の事を「愛想なし」と思ったか?

 昔の書状には「て、に、を、は」がついていないことが多く、それによって多様な解釈が生じてしまうわけなのですが、日覚の書状にもこんなセンテンスがあります。

〇論文より引用(敬語部分に下線を付記)
弾正忠一段ノ曲なく被思たるよしに候
(中略)
織田信秀は今や、鵜殿へ何ら愛想をするまでもないと(「一段ノ曲なく」)お思いとの事だ。

 論文では日覚書状の以下の文章の主語を織田信秀として上記の通り訳していますが、果たしてそうでしょうか?
 なぜ、この部分を強調するかと言いますと、日覚が得た情報の出所をこの一文及び前項でふれた「(『三河』)一国を管領」、「三州平均」等の文言に基づいて織田信秀上洛時の誇張入り宣伝を越中に下った在京の弟子たちがもたらしたものとして、この論文の論旨が組み立てられているからです。

 その解釈に疑問を呈すためには一つ一つ、論拠としている部分に別解を提示する必要があります。既に「(『三河』)一国を管領」については「(尾張)一国を管領」の可能性を先に示しました。
 今回は、「一段ノ曲な」しという評価は信秀が鵜殿に対して下したものであるかどうか、に絞って検討いたします。この評価が織田信秀ないしはその周辺からの情報でないとすれば、自動的に他の論点も再検討が必要になる、その為の下準備という位置づけです。

 このセンテンスにおいて着目すべきは、「被思たる」という文言です。読み下すなら「おぼされたる」になり、敬語(又は受動)表現になっているのですね。論文解釈が正しいとするなら、日覚は織田信秀に対して敬語を使うほど敬意を表しているということになります。確認のため、その他の箇所で弾正忠が主語になっているとおぼしき文面を抜き出しますと、以下の二箇所にありました。

〇論文より引用
弾正忠先以一国を管領候

弾ハ三州平均、其翌日ニ京上候

 いずれも、敬語表現ではありません。日覚は織田信秀に対して敬語を使っていないのです。通常、敬語表現を使う相手にはその表現を通すものですので、ここ一か所のみが敬語というのは不自然なのですね。
一方論文上の訳文において鵜殿が主語になっているのは以下のセンテンスです。

〇論文より引用(敬語部分に下線を付記)
尾と駿と間を見あはせ候て、種々上手をせられ候之処二
(中略)
鵜殿はかねて織田と今川の力関係を見計らって、両者との外交で上手に立ち回っておいでであったが、

 と言うように日覚は檀越である鵜殿氏については、敬語を用いているのですね。であれば以下の文言の主語は、弾正忠ではなく、鵜殿ということにならないでしょうか?

〇論文より引用
弾正忠一段ノ曲なく被思たるよしに候

上記をその前提で解釈するならば、「鵜殿は弾正忠のことを『一段の曲なく』とお思いになっている」となるのでしょう。「被」を受動と解釈した場合でも、主語が敬語表現を使っている鵜殿氏ではなく、敬語表現を使わない織田信秀になるわけですから、「弾正忠は(鵜殿によって)『一段の曲なく』(愛想なし)と思われている」ということになります。

 本稿でも「曲なく」の意味を論文に従い「何ら愛想をするまでもない」という意味で訳しますが、解釈は変わります。鵜殿にとっての交渉相手が「尾」から「弾正忠」にかわったうえに、「駿河衆」の敗軍の結果、何らの愛想(外交上の配慮)も得られそうにないと鵜殿氏が思った、という事になります。

 論文の記述によると日覚は本成寺の住持を引退した後、越中国城尾城主斎藤氏の庇護の元、菩提心院に隠棲していたのですが、越中大乱に巻き込まれて隠居の地が兵火にさらされることになり、その難を一時三河国の鵜殿氏を頼ることで逃れることができていました。日覚にとって鵜殿氏はただの檀越ではなく、恩人でもあるので、敬語表現を使っても不自然ではないでしょう。

  以上の根拠をもって、一段の曲なしとお思いになったのは織田信秀ではなく、鵜殿氏であると考察してみたのですが、そのニュアンスの違いがどのような文書解釈の違いになってくるのか、さらに別の論点を検証することによって明らかにしてみたいと思います。

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