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2017年6月24日 (土)

川戦:安城合戦編Ⅱ 3-3 ②『古証文』の底本は何か?

ここまでの論点を整理すると以下のようになります。

① 現存する三種の古証文写本には判読困難な文言がそのままの字形や、改行・改頁位置で書写されている。
② 朝野旧聞ほう藁は古証文の判読困難な文言の解読を試みた形跡がある。
③ 旧蔵所不明本古証文には朝野旧聞ほう藁の解読結果が反映していると見られる文言が存在する。
④ ①~③より、旧蔵所不明本古証文は朝野旧聞ほう藁成立後、同書を参考に書写された可能性がある。

⑤ 大久保酉山旧蔵本古証文は他写本にある乱丁が正されていると同時に冊数と巻数に不一致が存在する。
⑥ 大久保酉山蔵本目録に古証文が存在し、その冊数は現存大久保酉山旧蔵本と一致する。
⑦ 大久保酉山の死没は朝野旧聞ほう藁の起稿以前である。
⑧ 朝野旧聞ほう藁は古証文の乱丁を正さないまま記事を書写している。
⑨ ⑤~⑦により大久保酉山旧蔵本は乱丁が正された形で朝野旧聞ほう藁起稿以前に存在していた。
⑩ ⑤~⑦と⑧により大久保酉山旧蔵本は朝野旧聞ほう藁の底本ではない。

 一連の考察の流れから言うと④が最も論拠の弱い点なのですが、これに反証するとすれば、旧蔵所不明本や朝野旧聞ほう藁の字体からどういう経緯を経れば大久保酉山旧蔵本や和学講談所旧蔵本に変遷してゆくのかを考察しなければならなくなるでしょう。今のところ私には、そのような流れになる経緯は思いつきません。

 上記の流れから考察できること。それは、朝野旧聞ほう藁の編纂の為に、旧蔵所不明本・大久保酉山旧蔵本以外の写本が使われたということになります。古証文という本が刊行されることなく、現存する肉筆写本の出所が江戸市中の範囲内に限定されている事を考えると、古証文の写本は限られた部数しか作られていないと考えられます。だとすると、朝野旧聞ほう藁の編纂時に引用された古証文とは和学講談所旧蔵本として現代に伝わる写本である可能性は決して低くはありません。
 さらに可能性を敷衍してみます。朝野旧聞ほう藁の編纂後に新たに古証文の写本が作られたとするなら、そこに含まれる判読困難な文言を正確に書写することを目的に朝野旧聞ほう藁の解釈が参考にされ、本来の字形は活かされつつも微妙に朝野旧聞ほう藁の解釈に字形が寄った写本がつくられた。このより実用として使いやすくなった写本が旧蔵所不明本であり、江戸城内の文庫に実用を目的として残り、筆写元の本は保存・バックアップを目的として和学講談所に下げ渡されたという見立ても成立しうるでしょう。

 ともあれ、朝野旧聞ほう藁の字句解釈についてはあくまで参考とした上で、大久保酉山旧蔵本や和学講談所旧蔵本の字形と大きく外れる文字の解釈については、一つづつ確認した方がよいと私は考えます。その上で「駿州へ〇相談」について改めて考えてみます。

〇安城市史5 資料編 古代・中世より引用(下線部は拙稿にて付記)
 駿州へ被相談去年向彼国被起軍
 安城者要害則時ニ被破破之由候

 無相談と読んだ場合の解釈を論文の注8においては、以下のような解説をしております。

〇論文より引用(※印は拙稿にて付記。補注参照)
去年は今川と「相談」の上で三河においていくさを起こしたが、「それ以後」に
「よろずその国(尾張※)にとって相違のあしらい」が生じたので、近々に織田信秀が
再度三河に出馬することになった、と文章は無理なくつながっており、文意も明白である。
これを「相談なく」と解したのでは、かえって「其れ以後」に文章がつながらない。

 文章の流れがおかしくなるという論点での指摘になります。こちらも既に国家鮟鱇ブログの鮟鱇氏が指摘されている事でもあるのですが、「去年向彼国起軍」の「被」の文字ですが、この「被」の字形が明らかに同じ文書の他の「被」の字形とは異なっております。

〇「向彼国被起軍」
Photo


〇「被」の文字
Photo_2

 ここの部分は戦国遺文が読んでいるように「之」の字も入る余地がありそうです。その様に読んだ場合の解釈を以下に示します。

(原文改) 仍三州之儀駿州へ無相談去年向彼国之起軍
(読み下し)仍て三州の儀、駿州へ相談無く、去年彼国の起した軍に向かい
(拙訳)  よって三河の一件ですが、駿河国に相談もなく去年彼の国(三河)が起こした軍に向かって

 三河国=岡崎=松平広忠が宗主国の駿河に相談もしないで勝手に軍を起こしたのを織田信秀が破ったと解釈してやれば、論文が指摘している文章の流れの不自然さは解消されますし、三河をめぐる織田と今川の約定をもとにした秩序も考える必要はなくなります。
 よって、「無相談」とよんでもなお、解釈は成立するのではないかと考える次第です。

 次稿においては、少し話を脱線させて蔵書家大久保酉山と彼が生きた時代を描写してみたいと思います。

※その国=尾張とする解釈は間違い。文の流れから駿河だと私は考えます。
第一に「預貴札候(あなたの手紙を預かりました)」とあるように信秀(尾張)への指示代名詞は「貴」
第二に「殊に岡崎の城『其の国』より相押さえ候」の解釈が自分で自国から押さえることになっておかしい。

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