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2017年7月 2日 (日)

川戦:安城合戦編Ⅱ 第4節の論点抽出:北条氏康書状のプロファイル(その2)


 本稿は論文第4節:「北条氏康書状の史料批判」について考察する物です。

 北条氏康書状は横山住雄氏が「織田信長の系譜」において今川義元と織田信秀の連携による三河共同統治の可能性の根拠として紹介して以降、平野明夫氏が「三河松平一族」にて安城城天文十六年攻落説をとなえ、さらには「織田信秀岡崎攻落考証」の筆者でもある村岡幹夫教授の手になる「安城市史」の解説において当該書状の「後世改作説」が提唱され、色々な意見が交わされている状態です。論文の著者が村岡教授でさえなければこの辺りの論争は注釈において軽く触れるに留めて前節及び本節に係る説明は最低限に本論である岡崎攻落考証に取り掛かる事ができ、論文そのものももっと読みやすくなっただろうな、と思います。

 学者の論文は書状一本の引用においても、過去における論争を踏まえ、その上で自説を開陳するプロセスを経なければならない。その手順をきちんと踏まれており、その上で過去の見解と異なる説を提唱する時にはその旨をきちんと論文中に記す。これは素直にすごいことだと思います。
 北条氏康書状は同一日付の書状後半部分の内容が記されている短文版の書状があり、それは古証文の中に掲載されております。論文の著者は安城市史の中でこの書状に着目して、横山住雄氏が紹介し、平野明夫氏が取り上げた長文版の文書を短文版をもとにした後代改作説を提唱されました。それが当該論文においては、誤りであったことを明言し、見直しをされたわけです。

 とは言え、どのように見直されたかもまた検討していきたいと思っております。

①同一差出人の文意重複同一日付文書発給はあり得ないか?
 論文では「同一差出人の、文意が重複している同一日付の両文書がともに実際に発給されることはあり得ない。」という断定から始まります。まずはこれが正しいかどうか、調べてみたいと思います。

②古証文の掲載元は発給者控えか?
 ①の断定に基づいて長文版と短文版のどちらかしか発給されていないにもかかわらず、それに基づいて長文版と短文版のどちらかしか発給されていないにもかかわらず、古証文に両文書が残されているのは

〇論文より引用
両文書が一つの書「古証文」に並べて収録されているという事実は、両文書が同一の場所で採録されたと想定すべきである。すなわち両文書が、元々北条氏の元に残されて伝来した控えであった蓋然性をこそ氏康B書状(※長文版)は後代創作と想定するのに数倍して考慮すべきである。
(※)は拙稿による補注。

 正直言って私はこれが正しいかどうか判断するだけの材料を持ち合わせておりませんが、この結論を持ってくるためには別に検討しなければならない論点があるのではないかと考えております。それを本稿以下で検討をします。

③北条氏康書状は織田信秀の元に届いたか?
 長文版は北条氏康の織田信秀に対する慮りが大きすぎるので発給されなかっただろうという文脈で、発給されたのは短文版のみ、もしくは短文版も織田信秀の元に届かなかったという考察がなされております。

  何のかんのと前節に続いて脱線した論旨の展開になっているのですが、第2節で紹介された菩提心院日覚書状の紹介に引き続いて本節が次節に繋がる本筋の部分というのは、安城市史で著者自身が立てた氏康書状長文版は短文版からの後代改作説を見直した上で、氏康書状長文版が天文十六年の出来事に織田信秀が言及した同時代史料と見なし得うることを提起、という事につきます。そのせいで論文全体の論旨も見えにくくなっているのですが、論旨のみを追うなら、この節と前の節は後回しにしてもよいのかもしれません。

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