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2019年12月28日 (土)

中漠:善人令和編①まえがき


 本編のタイトルは「善人、和を令ス」編と読み下します。令和改元にちなんではいますが、この時代は少しも令(うつくしく)はありません。とある善人が江口合戦後のゴタゴタを解決して、つかの間の平和を勝ち取るまでの物語となります。ここでいう善人とは、主に三好長慶のことをいっています。

 彼については、その人格をどのように形容しようかと色々考えました。彼を部下とした細川晴元や足利義藤(義輝)はなぜかエキセントリックな性格になってしまっています。細川晴元は三好長慶に直接命令を下すことを避けていて、常に三好宗三をそばに置いて手放しませんでした。足利義藤(義輝)も何かしらのコンプレックスを刺激されるのか、征夷大将軍としての軍才よりも武芸を身に着けることに執着しているように見えます。いずれも『なめられたら終わり』という強迫観念にとらわれているようです。そこから逆算するなら、三好長慶という人物は天下人として理想的な資質を持った人物であったのでしょう。それが軍才か、武芸か、人間的魅力なのかはわかりませんが、晴元・義藤達が束になってもかなわないと感じさせたのです。余人にはない非凡な能力の持ち主であると思います。

 比較対象として三好長慶の死後、長慶とほぼ同じ立場に立った織田信長と比較してみれば、三好長慶の個性はさらに浮かび上がってくるかと思います。まず第一に目に入るのが、政権構想の不在です。織田信長は足利義昭を奉じて上洛し、将軍権威を復活させ、自らは将軍の意思の代行者として諸侯に君臨する構想を有していました。それが織田信長の天下布武(ここでいう天下とは洛中のこと)です。足利義昭を追放した後には、敵対する戦国大名を打倒しその領地を自らの版図に組み入れることで求心力を保ちます。
 これに対して、三好長慶は政権構想という物をほとんど持っていませんでした。細川晴元と戦ったきっかけは三好宗三の弾劾に過ぎず、その実現の為に細川氏綱を担いだ遊佐長教と手を組んだに過ぎません。この遊佐長教が暗殺された為に、彼の手に天下が転がり込んできたわけです。そして足利義藤と一時的に和睦して幕府の体裁を整えましたが結局、細川晴元の茶々入れに義藤が再び離反し、管領氏綱の権威も機能しなくなった為自家の結束を固めたに過ぎません。その版図はせいぜい細川領であり、永禄年間に入って足利義輝(義藤)を再び奉じるまでは積極的な他国侵略は考えられていません。

 織田信長は延暦寺焼き討ち、伊勢長嶋城包囲殲滅、越前一向一揆掃討など、自らが主体となって虐殺を行うことを厭いませんでしたが、三好長慶にはそういう事例はほぼありません。無論、彼が生きた時代には第一次石山戦争や天文法華の乱、そして三好長慶の同盟者であった遊佐長慶の後継者である安見宗房によって引き起こされた河内国人衆の粛清など、血なまぐさい事件は起きていましたが、これらは彼が主体となって起こした事件ではありません。せいぜい、晩年になって弟の安宅冬康に死を与えたことくらいでしょう。そこに至って初めて織田信長のスタートラインに立てたと言えるかもしれません。

 言い過ぎかもしれませんが、織田信長との比較において三好長慶は天下一統の為の政権構想を持たず、かなり成り行き任せでした。織田信長の評価は色々変遷していて、近年では彼の先進的な政策には先駆者がいたし、目上の者には敬意を欠かさない保守主義者で、裏切り者に対しては最初は許して火種を大きくする優柔不断な側面があったことなどが強調されていますが、自ら立てた政治構想を実現する意志は本物でした。三好長慶はその点においては、織田信長に譲る部分があったと私は評価します。

 但し三好長慶は軍事面において卓抜した統率力を有していました。彼と対立した細川晴元や足利義藤(義輝)がいかに策略を巡らしても、三好長慶にはかないませんでした。同時代に同地域で活躍した武将としては遊佐長教も有能な武将でしたが、彼は勝利を拾う為に機会を待ちます。彼が動員できる兵力に限りがある為です。その為、一たび兵をあげたなら、戦果をもぎ取ることに集中し確実にこれを手にします。舎利寺合戦では負けたものの、軍が崩壊する前に兵を引いています。それに対して淡路や四国に有力な武将である弟達がいる三好長慶は常に敵に対して有利な状態で当たることができました。但し、戦争に勝っても敵将を討ち取ることまではしません。敗将に死に場所を与えることを武士の情けと言いますが、三好長慶はその価値観を持っていないようです。故に戦争の火種が残り続けることになります。彼を評するなら、超人的強さを持った善人といえるでしょう。

 本稿においては、そんな三好長慶の善人で王道な戦いぶりの成果と限界を垣間見てゆきたいと思います。

 

 

※前編まで三好氏関係については、今谷明氏の「戦国三好一族」を中心に見てきたのですが、それだけでは足りないことを思い知りました。特に馬部隆弘氏の著作は非常に興味深く、今後の三好氏(というか戦国期前半部分)についてはこれを踏まえて考察する必要性を感じています。


参考書籍
 戦国三好一族 天下に号令した戦国大名 今谷明著 洋泉社MC新書
 戦国期細川権力の研究 馬部隆弘著 吉川弘文館
 南近畿の戦国時代 躍動する武士・寺社・民衆 小谷利明、弓倉弘年編 戎光祥出版
 松永秀久と下克上 天野忠幸著 平凡社
 戦国仏教と京都 法華宗・日蓮宗を中心に 河内将芳著 法蔵館
 論集 戦国大名と国衆10 阿波三好氏 天野忠幸著 岩田書院
 中世工期畿内近国守護の研究 弓倉弘年 清文堂

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