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2020年2月 8日 (土)

中漠:善人令和編⑦持たざる者の身を焦がす憧憬


 前稿の最後に示した非業の最期を遂げる人物とは、遊佐長教のことです。
 今谷明氏の「戦国 三好一族」では油断ならぬ野心家と評されています。彼は三好長慶の同盟者として大きな貢献をしたはずで、同書が三好氏の視点で書かれているにもかかわらず、辛い評価しか得られていません。それも無理からぬことで彼の人生は裏切りの連続でした。主家を裏切ったことも度々あり、木澤長政と並んで河内の下克上の体現者と言われても仕方ない部分があります。
 しかし、その下克上は彼の野心よりは、本願寺、木澤長政や細川晴元など尾州畠山家を脅かす者から主人を守ろうとした結果ではないかと私は考えています。阿波から来た細川晴元は総州畠山家と緊密であり、本願寺とのコネクションを有していました。いずれの勢力も河内国に頑強に根を張っています。その状況で高屋城に尾州畠山当主を置くことは細川晴元の圧力の矢面に立つことになるわけです。

 遊佐長教が歴史の表舞台に登場するのは、天文錯乱において紀州に逼塞していた畠山稙長とともに河内国高屋城を取り返した時です。当時の河内国は細川高国の失脚に伴い、尾州畠山稙長は総州畠山義堯に河内を追われていましたが、細川高国を追い出した足利義維方も決定的な力を持ってません。上洛前に内紛が発生し、総州畠山義堯は一向門徒勢に屠られてしまいました。これを奇貨として尾州畠山稙長が河内入りをしたわけです。しかし、石山本願寺はすぐに細川六郎とも対立し、本願寺は石山で細川六郎を敵にして戦う羽目に陥ります。しかも、本願寺証如の檄に応じて総州畠山義堯を滅ぼした主力は、一向門徒の河内国人衆でした。
 本願寺のおかげで高屋城を取り返せましたが、そのまま石山本願寺に味方することは危険でした。何より河内国人衆の多くは畠山家家臣であると同時に門徒であったので、証如の機嫌を損ねた場合、総州畠山義堯の二の舞になりかねませんでした。そこで、遊佐長教は尾州畠山稙長を紀州に戻したうえで、木澤長政、細川六郎と手を組んだのです。河内門徒達はこれに怒りましたが、尾州畠山家の生き残りを考えるなら妥当な策と言えます。
 戦後になると、今度は河内に尾州畠山家の当主を置くことに細川六郎改め晴元は難色を示します。稙長はもちろんその兄弟も晴元は拒否し、河内国は木澤長政と遊佐長教の共同統治体制にされてしまいます。そんな中、稙長の弟長経が高屋城に居座ってしまい、どうにもならなくなったため、武力で駆逐するに至ります。
 そして、尾州畠山家の内情に干渉してきた木澤長政が細川晴元と対立するようになると、晴元方について木澤長政を討ち取りました。木澤長政の最期はまさに罠にはめられたようなものであり、遊佐長教としては細川晴元を信用できません。故に細川氏綱を奉じて戦うことにしたのです。

 しかし、舎利寺の戦いで細川晴元に負けます。その和睦の証として三好長慶を婿に迎えます。長教は三好長慶が細川陣営の中で際立って強いにもかかわらず、微妙な立場にいることに気づきます。苦労人遊佐長教には、三好長慶の、細川晴元や三好宗三にいいように使われつつも他人を憎み切れない人柄にやきもきして説教の一つもかましそうな、そんなツッコミ役を期待しても良いのではないか、と妄想するのです。前稿にて紹介したトライガン・マキシマムに出てくるニコラス・D・ウルフウッドのように。

 このニコラス・D・ウルフウッドというキャラクターは前稿でふれたバッシュ・ザ・スタンピードの相方です。関西弁のえせ牧師で、商売道具として担いでいる巨大な十字架がそのままロケットランチャーやマシンガンになる素敵な兵装を駆使して戦うガンマンです。彼は殺し屋組織に育てられた孤児で、牧師は仮の姿なんですね。相当苦労してきたし、意に沿わない非道も繰り返し強いられ続けた人生を歩んできました。なので誰に何と言われようと不殺を貫くバッシュ・ザ・スタンピードにはついつい説教をしてしまうのですね。

 しかしバッシュも不殺の生き方を変えたりはしない。何度も殺されかけるのにバッシュは死にかけながらも不殺を通します。バッシュには超人的な能力持ちという設定があって、ウルフウッドはそれに嫉妬します。自分は何度も諦めて意に添わぬことも強いられ続けたのに、バッシュは自分の超人的な力と運だけで諦めずにすんでいると。
 それは持たざる者の身を焦がす憧憬でもあります。でも、付き合いを重ねるうちにそれが違うことに彼は気づきます。決して諦めずにすんでいるわけではなく、彼は色々彼自身が大事と思ってきたものを失っています。その結果彼の笑顔も空っぽになってしまいました。しかし、彼はそこでこれ以上何も失うまいと決意したのです。

 遊佐長教が三好長慶の生きざまに何を見出したのかはわかりませんが、上記のようなシチュエーションを考えるのはありだと思います。

 

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